52話 旧交
トロールは5階層より下の階層で出現する魔物のはずだ。それが、4階層という浅い階層で遭遇するとは……相変わらず運が悪い兄妹だなと、人知れず俺は苦笑を浮かべた。
さて、目前にいるトロールであるが、オーガを上回る巨体にでっぷりと脂肪層が乗っており、禿げあがった禿頭顔に残虐な笑みを浮かべている。その口から出た牙に一噛みでもされたら間違いなく致命傷を負うだろう。
何よりも脅威なのはその手に持った巨大な棍棒か。その巨大でごつごつとした岩のような棒で殴られたら掠っただけでも死に至るに違いない。
なるほど。こんな連中を常に相手にしているのだったら、ミスリルやアダマンタイトという鉱物があれほど高価なのも頷ける。まさに命の代償というわけだ。
「何をニヤニヤと笑っているんだお前! 早くいつもの怪力でアイツをやっつけろよ!」
「悪いけど、ボクも同感だよ。アレを相手に笑っている余裕はないと思うな」
ずしん、ずしん、と大きな足音を立てて近寄って来るトロールに恐怖を覚えたのだろう。俺の背後に回ったアリアとナイブズが捲し立ててくる。
全く、自分たちが連れて来たと言うのに調子の良いことを言ってくれる。
さて……彼らの言う通り、自前の怪力で戦っても良いのだが、トロール相手に肉弾戦はリスクが高すぎる。ここは一つ、精霊眼を用いてみる事にするか。
炎を司る緋王眼はダンジョン内では酸欠となる恐れがあるため、扱うとしたら風の力――翠王眼を使うべきだろう。
俺は目隠しを捲り上げると視界にトロールを収め、『風よ斬り刻め!』と念じた。
すると何処からともなく風の吹く音が聞こえ……なんと、目の前のトロールの巨体を真っ二つに切り裂いた。
どっぷりとした皮膚層と脂肪層、その内に秘めた強大な筋肉の層。そしてその巨体を支える太い骨格を完全に切り裂き、上と下に完全分断する。
そして、地面に落ちたトロールはダンジョンにずぶずぶと吸収されていった。
ええー、なんだそれ……強力すぎるだろう! ダルガン子爵の力の結晶を飲み込んだ事で、精霊眼の出力が上がったのか?
これには、ナイブズもアリアも、そしてメリーさえも驚いたようで口をあんぐりと開けたまま呆然としている。
『フム、順調に育っておるようじゃな』
「ああ、我が君、これは……」
『良きかな、良きかな……この調子で研鑽を積むと良い。出力も大事ではあるが、使い方を覚えるのも大事じゃからな。フム、これより先は翠王眼のみで戦え。これは命令じゃ』
それだけ言うと、白猫は再び俺の懐の中で寝入ってしまった。
「な、なんや兄さん。魔法も使えるんかいな。しかもめちゃくちゃ凶悪なやつを……あのトロールが真っ二つとか、ありえへんで」
「いや、俺はちょっと特殊でね……ハ、ははは」
いち早く我に返ったメリーがそう言ってきたが、俺だって想定外だ。
まさか、こんなにも精霊眼が育っているとは夢にも思わなかった。だって以前に使ったときは岩に傷をつけるのが精一杯だったんだぜ?
ふぅー、おちつけー、おちつけ……使った本人が驚いていてどうする。
これからも、この眼とは一生付き合っていくしかないのだ。であれば、主の言う通り、使い方を覚えなければ力に振り回されて終わるだろう。
よーし、落ち着いてきた。ふぅ。
「ナイブズ、アリア、ケガはないか?」
「え、うん……見つかってすぐに逃げたからね。僕らにケガはないよ。それよりも、なんで4階層にトロールが出たんだろう? アイツらは6階層以降にしか出ないって聞いていたのに」
「6階層以降に潜ったヤツラが斃し切れずに、傷つけただけで逃げたんだろ。そんで、そいつらを追ってあのトロールが上がって来た……ってのが順当なんじゃないか?」
「ま、ありえへん話ではないね。別に魔物が階層を移動出来へんなんて聞いてないし」
「ったく、こちとらいい迷惑だぜ」
ぺっ、と行儀悪く唾を吐くアリアにナイブズが窘める。全くどちらが男か分かったもんじゃないな。
「さて、旧交を温めたいところではあるが、今はダンジョンの中だ。俺とこちらのメリーはこれから更に深い層へ潜るつもりだけど、ナイブズ達はどうするんだ?」
「僕らはこの階層で銀鉱石や銅鉱石を探すよ。今の僕たちの実力じゃ、何とかオーガまでは倒せるようになったけど、トロールには敵わないからね」
「アレから随分と強くなったんだぜ、私達も。ケド、アンタの成長速度には敵わないな。なんだよトロールを一発で倒すとか……本当に化け物じみてきたな」
「はは、勘弁してくれ……しかし、まぁ分かったよ。じゃあここで一端お別れだな。また、アマルガムの町で会う事もあるだろう。その時はまたよろしく頼む」
そんなワケでナイブズ達はこの層に留まり、俺達は更に下の階層を目指す事になった。
評価等頂ければ幸いです。




