45話 後始末
『フム、60点と言う所か。かろうじて及第点じゃな』
「我が君、いらっしゃったのですか」
俺が残った右手で額の汗を拭っていると、何処からともなく白猫が現れた。
『お主の心配性が移ったのやも知れんな。しかし、子爵級ではなく伯爵級以上の吸血鬼とはな……我に会いたくなくて昇爵を拒むヤツラがいるのを忘れておったよ。これは我の失点だな、許せ』
「いえ、戦いに不測の事態はつきものかと……それに、幻界での特訓が無ければ、この左腕以上に四肢を失っていたかもしれません。貴女には感謝しかありませんよ」
『そうか。まぁ、ダンピールの再生能力であれば、一週間もすれば元通りになるだろう。それよりもだ、あちらの決着ももうすぐ着きそうだぞ』
見れば、ラファとミカの二人は、マッシュをメイスでタコ殴りにしていた。俺が加勢するまでもなく、マッシュの命もあとわずかと言ったところか。
『それよりは、アヤツらに見つかる前にダルガンの力の結晶を食ってしまえ。騎士級なら無視できるほどの僅かな力の向上しかないが、伯爵級ともなればそれ相応の力を得る事が出来る』
「承知しました」
俺は草むらに落ちていた、丸くて赤いダルガンの力の結晶を拾い上げると、口に含んで飲み込んだ。
すると、いつぞやのカーミラが作り出したリビングデッド、その力の結晶を食らった時よりもかなり強い酩酊感が俺を襲う。
つい、膝を突いてしまったが、頭を振って何とか立ち上がる。
「どうやら、かなり力が向上したようです」
『さもありなん。伯爵級じゃからな。その調子で吸血鬼を倒し続けて力を溜めるのだ。そしていつか成長した緋王眼でもって我を殺しておくれ。それが唯一、我がお主に望むことだ』
「……」
長い間生きたことで、生きる事に飽きてしまった我が主か……可能であればどうにかしてあげたいが、四十三歳の言葉がうん百歳の老人へ容易に通じるとは思わない。
何か対策を考えるべきなのだろうが、今は戦闘を終わらせることに集中しよう。
再びラファとミカの方を見れば、既にマッシュは灰に転じていた。どうやら危なげなく勝利したようである。
俺は彼女たちに近寄って行って声を掛けた。
「ラファ、ミカ、お疲れ様……怪我はないか?」
「ええ、この通り無事よ、男爵級であれば本気を出せばちょちょいのちょいってね……って、ゲンヤ、アンタのその左腕は!?」
「ああ、ダルガンにやられたよ。どうやら子爵級じゃなくて、伯爵級の力を持っていたみたいでな。彼の魔法で炭にされてしまった」
「それは……大変な苦労を押し付けてしまったようですね。再生は可能なのですか?」
「ああ。恐らくは一週間ほどで腕が生えて来るだろう。気にすることはないよ」
「そうですか……」
「はは、本当に気にしないでくれ。それよりも無事、王都の危機を救ったんだ。ギルドからの報奨金に期待しようじゃないか」
「そうね、私たちの誘いを断ったダンピール連中が悔しがるほど派手な宴会を開いてやるわ!」
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そんな訳で、ダルガン子爵との決着をつけた俺達は王都への帰途に就いた。
その日も23時を軽く超えていたから報告は次の日となったが、討伐の証拠品としてダルガン子爵の持っていた槍を提出すると、ギルドの上役はえらく上機嫌となって十分な報奨金を払ってくれた。贅沢をしなければ半年は遊んで暮らせる金額だ。
俺達はラファの言葉通り、派手な宴会を開いた。
そして、宴もたけなわとなって解散しようとする直前に、俺はラファ達からチームを組まないかと言う誘いを受けた。
「私たちはこれから王都を出て、新たな吸血鬼を探すつもりよ。ゲンヤも良ければ私達と同行しない?」
「ゲンヤさんほどの実力があれば、チームを組むことに異存はありませんわ。人となりも紳士で問題ありませんし、貴方さえよければワタクシ達と一緒にバンパイアハンターになりませんか?」
この突然の申し出に俺は面食らった。
彼女達と一緒に仕事をするのは確かに魅力的だ。両者とも美人であるし、仕事は丁寧でやり易い。しかし……。
「嬉しい申し出だけど、遠慮させて貰うよ。この左腕の再生もまだ終わっていないし、俺はまだ王都から離れる予定は無いから。それに、吸血鬼を相手に戦う日々を続けるのはちょっとね。無論、また助っ人として頼ってくれたら受けるつもりはあるが……。何より、君らと一緒にいすぎると、嫉妬の目が痛くてね……」
今だって、周りの連中からのやっかみの視線がこれぞとばかりに刺さって来るのだ。俺はまだ嫉妬で刺されて殺されたくはない……と言うのは冗談としても、左腕が無い状態でバンパイアハンターをするのは不安があるのは事実だ。
また、この左腕が再生する期間に、王都の図書館で調べ物をしたいと言う事もあって、俺は彼女たちの申し出を断った。
少し惜しい気はするが、俺の返事には彼女達も納得してくれたようで、その日は解散と相成った。
評価等頂ければ幸いです。




