42話 グール1
お好み焼きを白猫に献上したその日の夕方、俺達は吸血鬼の指定した場所へ集合していた。
「男爵級の吸血鬼か……久々で腕が鳴るわね」
「かの男爵級の吸血鬼を退治したのはもう何年前になりますやら」
「そうか、二人は男爵級の吸血鬼と戦ったことがあるんだな」
指定の時間まで暇を持て余した俺達は、折角なのでこれまでの戦歴についての雑談を行っていた。どうやら二人とも長い間、ヴァンパイアハンターをやっていたようで実に心強い。
「まあね、男爵級であれば何度か倒した事があるわ。でも、最近は騎士級ばかりだったから腕が鈍っていないか心配よ」
「そこは、ゲンヤさんもいらっしゃいますし、例え子爵級が出て来たとしても、万が一にも後れを取る事はないかと」
「あまり買いかぶってくれるなよ。一応、どんなものか学習したし、対策も考えてあるが、戦うのは初めてなんだ。先輩たちの戦い方を十分に参考にさせてもらうよ」
「緋王眼を持つアナタがそれを言うと、皮肉にしか聞こえないわよ?」
「そうですわ。ワタクシ達こそ頼りにさせて頂きますので、よろしくお願い致しますわ」
幻界で戦った男爵級の吸血鬼、それがそのまま襲ってくるのなら確かに遅れを取る事はないだろう。
しかし、ヤツは十分な準備をしてくると言った。それによっては戦い方が違ってくるだろうし、油断は大敵だ。はてさて、どのような手で此方を倒そうと考えているのやら……。
「さて……そろそろ、指定の時間よ」
「彼の吸血鬼が逃げると言う手段を取らなければ、現れても良い頃合いですが……」
確かに……しかし、なんだ? 静かすぎる気がする。虫の鳴き声も、獣が嘶く声も全く感じない。まるで台風の目に入ったような静けさが辺りを包んでいる。
「これは……まさか、」
「これはこれは。逃げ出さずに、よくぞ私の招待に応じてくれた事、感謝致します」
吸血鬼は昨日と同様、いきなり幻影を用いて現れた。
今日はタキシード姿に、髪型をオールバックに決め、手には長い槍を持っている。戦闘態勢、万全と言った感じだ。
「貴方こそ、よくぞ逃げずに姿を顕してくれたわね。感謝するわ」
「ですが幻影とはどういう事でしょう? 戦闘準備は万端のようですし、早く戦いたいのですが?」
「ハハッ、物事には順序と言うモノがあるのですよ。貴方達にはこれから私のいる場所まで移動して頂きます。そうですねぇ……貴方達のいる場所から西に10kmといったところでしょうか。そこに私はいます。そこへ辿り着けたなら、お相手差し上げましょう」
そう言って、吸血鬼が槍を一振りすると、またもや地面から屍食鬼が現れた。しかも俺達を囲むように今度は100体近い数がいる。
「これは……はめられたな。時間と場所を指定しておいて、その場所に兵を伏していたか」
「珍しいですわね。吸血鬼と言ったら自分の力を過信して、力づくで襲ってくるのが定石ですのに」
「ハハハ、私をそこいらの吸血鬼と同等に考えて貰っては困ります。十分に準備すると言ったでしょう? さて、これで貴方達も本気を出さざるを得ないでしょう。いえ、この数です。私のいる場所へたどり着くまでに倒れてしまうことも十分にありえる。せいぜい足掻く事ですな」
それだけ言うと、マッシュは嗤いながら幻影を消し去ってしまった。残ったのは100体近いグールである。
「参ったわね。流石にこの数が相手じゃ、無傷とはいかないわ」
「ゲンヤさん。早速ですが、貴方の緋王眼に頼らざるを得ない状況ですわ。お願いできますか?」
「ああ、任された。なに、この程度の数のグールならモノの数ではないさ!」
俺は目隠しをまくり上げると、咆哮を上げて襲ってくるグールに対して『燃えろ!』と念じた。すると俺の視界に入っていた十数体のグールが纏めて燃え上がる。
その様はまるで明るく燃える松明のようで、少し笑みを浮かべてしまった。いや、いけないな、まだまだグールは残っている。油断しないようにしないと。
一方、不可思議な炎で仲間を燃やされたグール共は驚き、戸惑い、統制が取れていない。
今が攻め時だろう。
ちょうど怯んでいるグールに向かって、ラファとミカがいつものメイスを手に切り込んでいく。
その嗤いながらバッタバッタと薙ぎ倒していく様は、まさしくバーサーカーである。
おッと、俺も負けてはいられない。
俺は出来るだけ広範囲にグール共を視界に収めると、再び燃えろと念じ、先ほどよりも広範囲で燃やしていく。
まるで綿毛に火を灯していくように簡単に燃えていく様を見ていると、まるで自分が放火犯になったような錯覚を覚えるが、コレはれっきとした戦闘である。彼らに噛みつかれでもしたら毒が回って、昇天しかねない。
俺は決して油断せずに、グール共を焼き続けた。
評価等頂ければ幸いです。




