36話 吸血鬼退治
「は、ハッタリはおやめなさい! あの吸血魔王が子を成すなど、あり得ない!」
「そうよゲンヤ、名乗るにしては、あまりにも盛りすぎだわ」
「己を強く見せたいのは分かりますが、自重なさってください」
いや、ホントの事なんだけどなぁ……。
そんな呟きは目の前で激しく始まった戦闘にかき消された。
ピエールがクレイモアと呼ばれる巨大な剣を振り回すのに対し、彼女たちはメイスでもって抗う。今はいずれも様子見の段階なのか、双方ともに涼しい顔をしている。
それにしてもコレが吸血鬼とダンピールとの戦いなのか……凄まじいの一言だな。
ピエールはまるで小枝のように巨大なクレイモアを振ってラファとミカを威圧し、しかし、彼女達も手に持った凶悪仕様のメイスでもってそのクレイモアを打ち返す。
ぎぃん、ばぎん、と周囲に強烈な音を響かせて戦闘は続く。
さて、まずはラファとミカが様子を見るから、ピエールが逃げないように見張っていろと言われた為、こうして特にやることなく戦闘に注視しているわけだが……俺に何かできる事はないだろうか?
例えば伏兵が居るかどうかは戦闘に置いて重要な要素だ。
自前の探知能力を使って探ってみると……特にそれらしき存在はいない。ならば、増援はどうかと探知範囲を広げてみてもそれらしき存在は居ない。
どうやらピエール単独でやって来たらしく、ダンピール3人に対して随分と自分の腕前に自信があるようだ。
伏兵や増援が居ないのであれば、彼女たちの援護をすべきだろう。俺は精霊眼を使うべく、目隠しを取っ払うと使うタイミングを見極めるために、彼女たちの戦闘に注視した。
だが……あまりにも早すぎる。
目まぐるしく立ち位置は変わるし、双方の武器が近接武器なだけあって離れると言う事がない、さらに言えばラファとミカが、ピエールに対して波状攻撃を仕掛けているのでピエール一人を狙うと言う事が難しい。
俺の精霊眼は強力な攻撃手段ではあるが、強力なだけに範囲も広く、これだけ近いと味方を巻き込んでしまう。
ここは戦闘を見守るしかないのか……いや、今は二つの月が出て、分かりやすい影が出来ている。であれば、影縫いの術でもってサポートできるかもしれない。
俺は持っているナイフに金縛りの呪印を刻むと、彼女たちがピエールから離れるタイミングを待った。
もう10分近く近接戦闘を続けているから、そろそろ様子見は終わって本格戦闘に入る頃だろう。その合間を狙ってこのナイフを影に投げつけてやる。
果たしてその時が来た。お互いの武器を打ち合わせ、大きな音を立てて双方が間合いを取った。
ピエールが忌々しく唾を吐くのに対し、彼女たちは不敵な笑みを浮かべてピエールを睨みつけている。やるとしたら今のタイミングだな。
「おいピエール、俺の事も忘れて貰っては困るぞ」
「フン、参戦したいと言うのならどうぞご勝手に。しかし、貴方のような大嘘つきが私たちの間に入って来れるとでも? 大人しくしていた方が身のためではありませんかな?」
「それはこれを受けてから言ってみるんだな」
俺は用意していたナイフを、彼の陰に向けて投げ放った。そのナイフは一直線に跳んでピエールの影に突き刺さる。
「はっ、何をしたかと思えば、私の影に攻撃するなど……なっ、体が動かない!? 貴様、一体何をしたっ!」
「影縫いの術ってね……どうやら吸血鬼相手にも十分通用するみたいじゃないか」
「馬鹿なッ、影を縛るだと!? そのような事が可能な者は伯爵級の吸血鬼にも不可能だ! 貴様は一体!?」
「答え合わせは地獄でやってくれ。ラファ、ミカ、手を出して悪かったがピエールの体は今、金縛りで動かない。存分にメイスで叩きのめしてやってくれ」
俺がそう言うと、幾分納得していない感じではあったが、ラファとミカがメイスを構えてピエールに迫る。
「ま、まて、私を殺したらダルガン子爵が黙っていないぞ、私とは比べ物にならない位、強烈な力を持つ吸血鬼だ。だからな、私を見逃してくれ、そうすれば少なくともお前達三人は見逃してやる」
「……やれやれ、吸血鬼の末期はどうして同じような言葉を吐くのかしらね」
「もしかしたらマニュアル化されているのかもしれませんわね」
「おい、やめろっ、嘘じゃないぞ! ダルガン子爵は本当に私を可愛がってくれているのだ。私が死んだら、その原因であるお前たちを草の根を掻き分けてでも探して殺すだろう、だからっ!!」
『うるさい、だまれ』
そこから始まった惨劇を多く語る必要はないだろう。
最終的に残ったのは吸血鬼の血に濡れた彼女たちのメイスと、ピエールの生きた証である丸くて赤い結晶のみ。その結晶もラファがメイスで叩き割った事できらきらと煌めきながら夜露に消えたのだった。
評価等頂ければ幸いです。




