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3話 女吸血鬼


 まったく、とんだ夜の探索となったものだ。


 せめて昼であればよかったのだのだが、禁足地に侵入するにあたり人目に付く訳にはいかなかったから夜にしたのだが……満月というのがせめてもの慰めか。


 しかし月が二つというのはどうにも違和感を拭えない。いや、月が二つある分、周囲は明るいが変な世界に紛れ込んでしまった気がしてどうにも落ち着かないのだ。


 変な世界といえば……草や木々などの植生はどうかというと、良く知る日本の物と変わらない。ぺんぺん草がそこらかしこにあって、ブナにエノキにシイの木が乱雑に生えていて、緑豊かな日本の森という感じだ。


 気になるのは森の中なのに静かすぎると言う所か……これだけ緑豊かだと言うのに虫の音一つ聞こえてこないし、鳥獣類がいる気配もない。まるで、森のと言う名の演劇セットの中へ迷い込んでしまったような感覚を覚えるが、周りの木々がニセモノで無いことは深い森の匂いが教えてくれている。


 なんにしろ、気味が悪いことには変わりない。早くこの森を抜けてしまわないと。


 俺は周囲を警戒しつつ、足早に森の中を歩く。そろそろ最初の目的地と決めたモニュメントが見えて来ても良さそうな距離を歩いたつもりだが……。


 そんな自問自答をしていたら予定通り開けた場所に辿り着いた。その中央には遠目で確認した十字架のようなモノが建っており……いや、よく見るとコレは逆さ十字架か?


 俺の無駄な蘊蓄はこれを『ペテロの十字架』と呼ばれるものだと言っている。なんでもキリストの弟子であるペテロが師匠と同じ磔刑は不敬だと拒んで逆さまの磔刑になることを望み、この形で刑を受けたとかなんとか……その一方で、悪魔崇拝や反キリスト教的な象徴としても解釈されるているようである。


 まあとにかく、あまり趣味のよいモノではない。


 この妙な場所に迷い込んで初めて目にする人工物であり、何かの手掛かりになりそうではあるが……変な関りを持つ前にこの場を去った方が良いかもしれない。


 大体、なんでこんなものが森の中にあるんだか……。


 俺は足早にこの場を離れようとした、が、何故か足に根が生えた様に動かない。


 縄で縛られているのでもなく、薬物を注入されたわけでもないのに足が、いや、頭以外の体が動くことを拒否したように動かない!?


 そんな焦る俺に、上の方から声が掛けられた。



『よい月じゃな……こういった夜は血が滾る。お主もそうではないかえ?』



 唯一動く頭を声のする方向――逆さ十字の天辺方向に向けると、居た。


 絶世の美女が、十字架の天辺に腰を掛けて俺を見下ろしている。


 絹のように細い金髪は長く艶やかで月の光を反射して輝いており、淡い緑色の瞳は形のよい眉と合わさってとても優美だ。人形のような白い肌に妙に赤い唇が印象的で、そこから覗く八重歯がなんとも色っぽい。


 色っぽいと言えばその姿もそうだ。森の中だと言うのに純白で露出の高いドレスを着ており、グラビアアイドルもかくやという抜群のスタイルと真っ白な肌が合い余って凄まじく煽情的であり……しかし、彼女へ欲情する気は全く起こらなかった。その存在感の凄さゆえに。


 女は此方に視線を向けたまま、逆さ十字の上から飛び降りると俺に近寄って来る。


 ああ、これは捕食者の歩みだ。


 なぜ気付かなかったのだろう。目の前の女からは絶対者であることから来る完全なる余裕、そして、絶大なる覇気を感じる。


 こんなのを感じていれば森の中の虫も動物も息を潜めるのは当然だ。彼女の不況を買えば、即、死が待っている事は間違いない。


 では、なぜ俺はその覇気を今まで感じなかったのか……それはこの場所へ誘い込むためだ。


 捕食者たる彼女の下へ誘い込むためにわざと俺だけをそのターゲットから外した。そうでなければこの威圧感のある中で自由に動けた理由はない。


 女は身動きできない俺に満足したのか、嫣然と微笑み、更に近寄って来る。


 俺は身動きどころか声さえも上げる事ができなかった。この女の前では収めた忍術も、武器術も体術も……全てが無駄。ただただ、ライオンを前にした子ウサギのように微動だに出来なかった。



『よい仔じゃ……己の分を弁えておる。褒美に痛くないよう喰らうてくれようぞ』



 そう言われて納得してしまっている自分が居る。


 ああそうか。俺は、俺の四十三年間の人生はこのヒトに喰われる為にあったのだと、すとんと胃の腑に落ちた。鍛錬と挫折と、虚無にまみれた人生であったが、最後にこのヒトに喰われるなら無駄ではない人生だったと胸を張って言える気がした。


 女はそんな俺を慈しむかのように微笑み、そして、口から出た長い犬歯を以って俺の首筋に突き立てた。



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