29話 吸血鬼質疑
「なんだアイツ、猫と喋ってるぞ」
「シッ、見ちゃダメよ。こっちまで異常者扱いされちゃうんだから」
俺は周りから変な顔で見られている事に気付くと、白猫を抱きかかえ、そそくさと休憩所の端に移動した。どうやらカーミラの言葉は俺にしか届いていないようで、猫と話す変なヤツと思われたらしい。
『うむ。抱きかかえられると言うのは初めての経験じゃが、悪くない。お主、猫の扱いに慣れておらぬか?』
「いやあ、子供の頃に飼っていた事があるんですよ。老齢だったので俺が十歳になる頃には死んでしまいましたが……その後は経済的な理由から猫を飼うと言うことはなかったんですが」
『なるほどのぅ。おお、そこじゃ、そこじゃ! そこを丹念に撫でるがよい。むふー……良いこころ持ちじゃ、堪らん!』
何というか、頭から背中にかけてゆっくり撫でてやると、本物の猫のように目を細めて気持ちよさげにしている。正直、主の躰を撫でるのは猫になっているとはいえ、不敬かなと思っていたのだが、そんなことはないようだ。それどころか、もっと撫でろと催促して来る始末だ。どうやら、猫に変身した事でその精神さえも、猫に近しくなっているらしい。
俺は主に命じられるまま、飽きるまで撫で続けた。
『ふぅ、堪能したぞ。お主の事は下郎から下僕に格上げしてやってもよい!』
「それはどうも、有難く拝命させて頂きます……」
俺としてはその違いがあまり良く分からなかったが、主が上機嫌で喋っているので、あえて遮る事はしない。それよりも、上機嫌となっているのなら聞いておくことがあった。
「ところでカーミラ殿。家出をしてきたと、先ほどは伺いましたが」
『うむ。もう、何百年も魔族の王としての責務を果たしてきたのじゃ。いい加減、アヤツらには我がおらぬとも自立して貰わなければな。それを、魔王の座を降りると言ったら、やれ無責任だの、なんだの言いだしおってからに! 腹が立って城から抜け出してきたのよ……この猫の姿ならば、ヤツラの探知にも引っかからずに済むし、日光を気にする必要もない。それに……うむ、まぁ、なんだ……お主に撫でられるのも悪くない。暫くはこの姿で過ごそうと思うておる』
「それは……なんとも光栄なことで。ところで、その、配下の方々には俺の事を話したりは……」
『うむ、その話をする前に出て来てしまった。というか、その話をしたら、あのアホ共は血眼になってお主を探すだろう。家出中の身としては、そんな下僕の側に居ようとは思わんよ』
どうやら、現時点で俺の存在は露見していないようである。それであれば、吸血鬼の襲来に怯える必要はない。堂々と天下の往来を旅して歩けるわけだ。
俺の心の曇天が一気に晴れ渡るような気がして、思わず白猫を撫で繰り回してしまった。
『こりゃ、止めんか! それ以上は不敬であるぞ。撫でるならもっとこう優しくだな……』
「はっ……し、失礼しました。つい……貴女様の毛並が気持ちよくて……」
『おお、そうかそうか。し、しかし、我はこんな成りでも魔王に違いないのじゃぞ、もっと敬意をもって接するように!』
「ははーっ!」
このやり取り、端から見れば随分と滑稽に見えただろうなと思いつつ、俺の心は解放感で満ち溢れていた。なにせ、吸血鬼が襲ってくるという強迫観念から脱せられたのだ。多少、はしゃいでしまっても仕方がないと思う。
さて、そう言う事であれば土遁の術で地中に隠れる理由もない。
旅人らしく、火で暖を取りながら過ごすとしよう。なに、徹夜の一日や二日は出来るように訓練を積んでいる。
俺は白猫を懐に収めると、近くの林から枯れ木を拾って来て、休憩所の中央にある焚火の一角に身を置いた。
どうやら、この場が休憩所の暖を取る場所、兼、見張りをする場所のようだ。
懐に収めた白猫が、すーすーと可愛い寝息を立てて眠っているのをちょっとうらやましく思いながら、俺はまんじりともぜず夜が明けるのを待った。
――翌朝。
俺は日の出を待って、休憩所を出立した。連続の徹夜は注意力が散漫になるから可能な限り避けたいし、硬くても良いのでベッドで眠りたい。それに食事もとりたいし……。
今日は城塞都市に泊まる事を目標に歩くことにしよう。
それにしても……土の上で一晩を過ごしたと言うのに、なぜかやたらと調子が良い。以前、土遁の術で地中で眠った時もやたら調子が良かったし、なにか理由があるのだろうか?
『そりゃアレじゃよ、吸血鬼は大地から霊力を吸い取って生きておるからな。土の上や、土の中で多くの時間を過ごせば、その分、調子が良くなるのは当たり前のことじゃ。吸血鬼が何故、棺の中で眠ると思うておる? あれは疑似的に土の中で眠るというという事を再現してのこと。お主も拠点を見つけたら、棺の中で眠る事を進めるぞ』
はぁ……なんとも吸血鬼の真祖が言う言葉には説得力がある。そう言う事だったのかと得心がいった。
どうせ、王都に着くまでは結構な時間を要するのだ。カーミラも俺の懐で揺られているだけでは退屈だろうし、この際、吸血鬼に纏わる事はなんでも聞いておこう。
そんな訳で、俺達は王都に着くまでの一週間、吸血鬼やダンピールに関する質疑を繰り返す事で退屈せずに旅を続けたのだった。
評価等よろしくお願い致します。




