28話 王都への道
俺は数日間お世話になった町を出ると、徒歩で南を目指した。
ハーフエルフ兄妹が言っていたであろう『王都』は、この城塞都市から更に南へ歩くこと1週間は必要だと、図書館で調べ物をした時に得た知識にある。
ダンピールの能力を全開にすればもっと早く到着するだろうが、俺がダンピールだとバレて、また迫害じみたことを受けるのは勘弁願いたいところだ。
故に俺は普通の速度――大人の足の速さで王都に向かう事にした。
王都までは、いくつかの城塞都市があるらしく、その城塞都市に泊まったり、休憩地点で野宿したりしながら王都に向かうのが普通の旅人の道のりであるようだ。
俺の場合、夜になると吸血鬼が襲ってくる懸念があるため、安易に宿には泊まれない。寝る時は全て野宿――土遁の術で地面を掘ってそこへ埋まるしかないのではと考えている。
……ああ、いけない、いけない。
どうも俺はシノビの習性として、最悪の事を常に想定する癖がついてしまっている。それは生き延びる為に必要な事ではあるが、過度の思い込みは自分を追い込むことになる。それで元の世界では勘違いして、にっちもさっちも行かなくなった事があるのだ。
もっとダンピールとなった事で得た能力を有効活用することを考えよう。
例えばカーミラが言っていた緋王眼。(えらく大そうな名前である)
これは旅においていつでも火を点けられるという点で凄く便利だし、そのほかにも『何とか眼』と言っていた能力は、風をおこしたり、水を出したり、土を飛ばしたりと旅において使いどころが沢山ある。
面倒臭いからもう全部合わせて『精霊眼』とでも呼ぶようにするか?
とにかく、この精霊眼さえあれば旅で困る事は無いし、魔獣や魔物に襲われたとしても簡単に撃退できるだろう。
まあ、問題はこの目の所為で、胡散臭い目隠しをずっとし続ける事になってしまっている事だが……ああ、やはりどうもいけない。
元居た町から追放されたことで、ナーバスになっているようだ。こういう時は頭を空っぽにして歩くのが一番いい。
俺はしばらくの間、何も考えずに南への街道を一人歩くのだった。
そして無心で歩く事、十時間ほど。
城塞都市はまだ見えないが、休憩所らしきものが見えて来た。多くの馬車が止まっており、中には焚火をして料理をしている者さえもいる。
ふと空を見上げれば、茜色に染まっていた。いつの間にか夕暮れ時に差し掛かっていたらしい。
今日の昼は食べそこなったなと、今になって気づく。
そう言えば着の身着のままで今まで居た城塞都市から出て来たから、カネは持っているが、食料や水なんかは用意していなかったのだ。
水は精霊眼で出せるから問題ないとして、食料はどうしたものかなと考えていると、どうやら休憩所で屋台のような事をしている者もいるらしく、肉を焼く香ばしい匂いが漂ってくる。
俺は辛抱堪らず、ふらふらと屋台に惹かれていった。
「やあ、どうだいお客さん。一角兎のたれ焼き串だ。一串500オンスってところだが、買うかい?」
「500オンスか。まあ、野外で食事が出来るとあれば妥当な金額か……4串貰えるかな」
「へい毎度アリ。4串もとは豪気なこったな、目隠しのあんちゃん。2,000オンスになるが……」
「問題ない。これでも多少は稼いでいる身でね」
俺は、2,000オンスである小銀貨を一枚支払うと、一角兎のたれ焼き串4本を受け取った。
思いの他、腹が減っていたらしく、がっつきながらすぐに3本を食べてしまう。後の残りは夜食用に残しておこう……そう思っていたら、突如として肉串を奪われた。
何かと思って見てみれば……なんと、真っ白な猫が俺の肉串を咥えて、美味そうに食っている。
「オイオイ、それは俺のだぞ。ったく、しょうがないなぁ」
と、ついつい猫相手に苦言を呈してしまったが、まさか返答が返って来るとは思わなかった。
『これくらいの事で一々目くじらを立てる出ないわ。我への献上品にしてはちと質素ではあるが、この場にこれしかないのであれば致し方あるまい』
「ぅわっ!」
思わずその場で飛び跳ねる程驚いてしまった。なぜならその声は間違いなく我が主、カーミラのものだったからだ。
「え、なっ……も、もしかして、その姿……変身能力でも使っています?」
『そうじゃよ、変身は吸血鬼の基本能力じゃ』
「しし、しかし、どうして貴女がこんな場所に? 引継ぎとやらをしているんじゃなかったんですか?」
『それがのぅ……魔王を辞めると宣言したら、周りの者にえらく怒られてな。面倒臭くなったから家出してきた』
「ぶっ、い、家出ってアナタ……それでカーミラ殿、貴女、もしかして俺のところへ居座るつもりですか?」
『うむ、良きにはからえ』
にゃーんと欠伸をしているその姿には、人間体の時であるような威厳を全く感じない。まるで本当の猫のようだ。
しかし参った。これは完全に予想外だ。
何せあの超絶的な力を持つ真祖カーミラである。機嫌を損ねたらどのような惨劇が生まれるか分かったものではない。
俺は元の世界で味わっていた胃痛が蘇って来るのを感じながら、天を仰ぐのだった。




