27話 追放
その後、俺は城壁を乗り越えて宿に戻り、ぐっすりと眠った。(ふて寝したともいう)
おそらくは今晩がゆっくり眠れる最後の夜となるのではないか――いざとなれば土遁の術を使って、土の中で眠る事も視野に入れなければならない事を考えると、えらく憂鬱だ。
それにしても一方的に過ぎる。
そんなに自殺がしたいのであれば、陽の光を浴びて勝手に灰になればよいと思うのだが……彼らには彼らの事情があるのだろうか? 例えば、あの深紅の結晶を勝利した者に食べて貰って能力を継承して貰いたいとか……。
だとしたら、なんとも迷惑な話だ。俺の中で吸血鬼の株がどんどん下がっていく。
さて……それはそれとして、日々の生活費を稼がなければならないし、今後襲ってくるだろう吸血鬼について弱点を再確認することも行っておかなければ。
今日の午前中はギルドで討伐関係の仕事をして、午後は図書館で吸血鬼に関する調べ物をすることにしよう。
そんな訳で俺は、宿で質素な朝食を終えた後、ギルドへ顔を出した。
……なんだか今日は、俺の方を見てくる連中が多い気がする。今更だが、この目隠しが気になっているのだろうか? そう思って視線を向けて来る連中の方へ振り向くと、そそくさと視線を外されてしまう。これはどうも恐れられている……?
俺は訝しみながら依頼書が張られている掲示板の方へ歩いて行った。すると、人垣が割れて俺の前から人が居なくなる。
まさか、これは……。
「おい、兄ちゃん。その目隠しを取ってみろよ。それが出来ないって言うんなら、ダンピールじゃないって事を証明してみせろ!」
「そ、そうだっ、アンタ、ダンピールなんだろ! 単独でゴブリンやオーガを討伐するなんざ、普通じゃねぇ。違うっていうんなら、その目隠しを取ってみろってんだ!」
割れた人垣の間から、ハーフエルフやハーフドワーフと思わしき者から野次が飛ぶ。
どうやら俺は、思った以上に派手に動き過ぎたようだ。
討伐依頼が出ているから、普通にゴブリンやオーガを倒してしまっていたが……そう言えばあのハーフエルフ兄妹も驚いていたっけ。いや、失敗したな。
けれども今更だ。
この際、いい機会だと思って自分が何者かを告げる事にする。
「この目隠しを取る必要はないよ。確かに俺はダンピールだ。しかし変な事を聞くな……ギルドに加盟するのに種族は関係ないと聞いている。俺がダンピールであろうとなかろうと、君達には関係ない話だと思うんだが?」
「馬鹿を言うんじゃねぇ! ダンピールって事は、半分は吸血鬼ってことだろうが!」
「いつ、その怪力や吸血やらをオレらに向けられるか分かったもんじゃねぇ。お前ら魔族と、オレら亜人のハーフとは天と地ほどに違うんだよ!」
うーむ、コレがあのハーフエルフ兄妹が言っていた迫害というヤツか。どうやら思っていたよりもダンピールに関する忌避感というものは大きいようだ。
もう、この騒ぎを収めるにはこの場を去るしかないかもだが、一応は言い訳をしておくか。
「言っておくが、俺はどちらかというとヒトとしての比率が多い方でね、君達を害する気持ちは一欠けらも持っていない。単に俺は仕事をしたいだけだ」
「信じられるか!」
「魔族に身内をやられたヤツは沢山いるんだ。そんな言葉だけで受け入れられると思うなよ!」
カーミラの行動を鑑みるに、彼らの言い分はもっともであるが、彼女は彼女で、俺は俺。別の存在だ。しかし……誰一人として冷静な状態ではない。一応、受付の人の方を見てみるが、我関せずでこちらの方を見ようともしていない。
こりゃあ駄目だな。
早いところ退散しないと吊し上げにされそうだ。そうなったら俺も黙ってはいられない。身を護るために防衛手段を取らざるを得なくなる。
「わかったよ。もうこの町で仕事を請けることはしない。この町からも早急に出ていく。それでいいかい? それで満足しないというのなら……全力で抵抗させてもらう事にするぞ。真祖カーミラから受け継いだ力、侮って貰っては困るぞ」
そう言って俺がニヤリと笑うと、俺を取り囲んでいた連中は恐慌をきたした。
「し、ししし、真祖カーミラだって!? 魔王の一人じゃねぇか!!」
「ば、ばかな、はったりだっ」
「フン、嘘かどうか試してやろうか?」
俺は目隠しを完全に外すと、目を見開いてその赤い瞳と縦に割れた瞳孔を晒した。そして、反射的に武器を抜いた男のそれに向けて『燃えろ』と念じてやる。
すると男の持っていた剣が根元から燃えて融解した。
「ばっ、化け物だ! 助けれくれぇッ!」
「お、おい、オレを置いていくなっ、ひぃいいい!」
そんな感じで、俺を取り囲んでいた集団は蜘蛛の子を散らすように退散していった。
やれやれ、予定とは随分と違うが、いつかはこうなると判っていた事だ。それが早まっただけ……と思いたい。
俺は世話になった受付の人に軽く目礼をすると、再び目隠しを巻いてギルドから退出した。
この分では図書館に通う事も出来ないだろうし、宿にも戻れない。今日、これから町を出るしかないだろうな。
そう思って溜息を吐いていると、いつものハーフエルフ兄妹に出くわした。
「やあ、どうしたんだい? ギルドから多くのヒトが泡食って駆け出していったようだけど……」
「あれか? もしかしてアンタの正体がバレたとかか? はは、まさかな……」
「いんや、まさしくその通りだよ。それで吊し上げをくらいそうになったから、ちょっと能力を見せて脅してやった。そうしたらあのザマさ。こんなんじゃこの町にいられないから、今から別の町に行こうと思っている」
『……』
俺が皮肉気に笑うと兄妹は黙ってしまった。ブラックジョークが過ぎたかな?
「そうか……ゲンヤには世話になりっぱなしだったからね、何も返せなくて残念だよ」
「気にしないでくれ……それよりも、だ。この辺の町でダンピールが気兼ねなく過ごせるような所を知らないか? 流石に正体がバレる度にこんな騒動は勘弁願いたいんでね」
「それだったら、王都に向かうといいよ。あそこは住んでるヒト自体が多いし、なにより多くの人種が住まう坩堝と呼ばれる場所だからね、その分、治安はあまりよくないと聞くけど……」
「なに、住めば都さ。わかったよ、ありがとう。なるほど王都か……いってみる事にするさ」
俺はハーフエルフ兄妹に別れを告げると正門の方へ向かって歩き出した。
向かうは王都。そこは俺の安住の地となり得るだろうか? いや、俺は吸血鬼に狙われる身だ。一瞬たりとも気が抜けない生活が――常在戦場が俺の身に起こっている事だ。
俺は何回目かの溜息を吐きながら……しかし、元の世界で生きていた時よりも、何倍も生きている実感を感じていた。
その切っ掛けを作ってくれた町に別れを告げて、俺はこの場から去ったのだった。




