25話 リビングデッド
――己の身体能力を測ったその夜。
俺は主人であるカーミラの使い魔――黒猫の訪問を待っていた。
ランプに火を灯し、少し暗い部屋の中……どのような状況となっても生き残れるように、頭の中でシミュレーションをずっと続けていた。
そして、俺の体内時計で12時を超えた辺りで、使い魔の黒猫が現れた。相変わらず良い毛並みをしており、月明りにその艶やかな毛が反射して光っている。
黒猫は一声鳴くと、ついて来いとばかりに背を向けて木窓の枠に乗った。そして、俺を待たずに外へと飛び出してしまう。
俺が後輩だと判って、随分と横柄になったものだ。昨日のような可愛げを全く感じない。
俺は黒猫先輩を見失わないように、慌ててその身を追ったのだった。
黒猫先輩が案内してくれたのは、昨日とそう変わらない大草原の樹木が生えている場所だった。
そして既に俺の相手となるリビングデッドは揃っているようだった。
目視できる数としては5体。
いずれも昨日の安本さんと同じような恰好をしており、武器は身に帯びていない。ただ、その牙と爪は化け物のように伸びており、あれで攻撃されたら一般人は致命傷を負うだろう。
因みに、彼らリビングデッドは生きていない――生命力がないためか、俺の探知能力では探知できない存在のようだ。なるほど、アンデッドという存在を相手するには、既存の探知能力を使った方が良さそうだ。
俺は念のため、その場で柏手を一拍打つ。然るに帰って来た反応はやはり5体のみで、今日のお相手は目の前いる敵だけらしい。
「さてと、黒猫先輩……今日はアイツらを片付けるって事で、いいんだな?」
そんな俺の問いに対して、黒猫はにゃあと一声鳴くと、何処かへ行ってしまった。どうやら巻き込まれることを嫌ったようである。俺としても彼が居ない方が暴れられるからありがたい。
しかし、俺がこれからやるのは恐らく一方的な殲滅戦である。
俺は、あー、うー、呻いている集団に対し、目隠しをずらして視界を確保すると『燃えろ!』と念じた。すると、視界に在った5体のリビングデッドは全て灰となって崩れ落ちた。
残ったのは、昨日の安本さんと同じく、深紅の丸い結晶だけだった。
よし。想定以上に簡単だったなと溜息を吐いていると、急に体が動かなくなった。
これは……あれか、ご主人様のご登場らしい。
俺は片膝を突いて彼女を迎えた。
『まてまてまて、なんだそれはっ! 何で貴様如きが緋王眼を使えるのだッ‼』
緋王眼? 察するに、先ほど使った発火能力を指しているのだろうが……何をそんなに驚いているのか。
『ええい面倒臭いっ。我が許可しなければ、声すら発する事が出来ぬのだったな! よい、言葉を発することを許す。その力が使える理由を話せ!』
彼女がそう言うと、喉のつっかえが取れた様に発声できるようになった。俺は若干せき込みながら、彼女が知りたいだろう能力について話すことにした。
といっても、この能力を発揮できると知ったのは単なる偶然だ。取り立てて話すことはない。
俺がそう説明すると、カーミラは自分の頭を押さえて信じられないモノを見るような目で以って俺を睨みつけた。
『ばかな……偶然で使える能力ではないぞ。吸血鬼狩りを専門とするダンピールが持つ、最大の奥義。それを……まさか、緋王眼の他に、翠王眼や瑠王眼、玻王眼も使えるのではあるまいな!?』
彼女の言う、その『なんとか眼』が何を指すのかは分からないが、昼間に試した地水火風の四元素の魔法じみた力なら使える。
俺は彼女の目の前で、その四つの能力を試してみると……彼女の狼狽は強くなっていき、遂には反転して笑い出した。いったい、彼女の中で何がそんなに琴線に触れたのか分からない。
『これは夢か幻か……いや、確かな現実か! ようやく……ようやく、我らが夜を終わらせる存在が顕れたのか!』
「ええっと、カーミラ殿、俺には貴女の言っている事が何も分からないのだが……」
『ははっ、そうよな! だがよく聞け、貴様のその力は我ら吸血鬼を滅するための力、それも最上級のものよっ。リビングデッドどころではない、その力は我にも届き得る力だ!』
確かに……リビングデッドに対してはさっき試した通り、無敵の力だとは思う。しかし、カーミラのような強大な存在に効くかと言われると謎だ。単に火を熾したり、水を出したりする力が彼女のような強大な存在に通じるとはとても思わない。
『ククッ、無論、今は我に届き得る力ではない。しかし、その力が長じれば……ハハッ、よいぞよいぞ……この無駄に生きて来た数百年分の闇が晴れていくような気分だ!』
なにやらカーミラ殿は上機嫌であるが、俺には全く訳が分からない。自分を害せる力を持つ存在の誕生を、なぜ嬉しく思っている?
それは……カーミラ殿も、自分の生にうんざりしていたと言う事を言っているのか……俺が元の世界で絶望の中で生きていたように。自身を殺せる存在をずっと探していたと言うのか。
俺は目の前の美しい存在に、初めて同情と言う名の感情を持ったのだった。
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