2話 神隠し
さて、消えた男を探しに来た俺であるが、そこはかとなく奇妙な感覚を味わっていた。
禁足地であるこの森の直径はせいぜいが200mほどで、三分もあれば十分に踏破してしまえるモノなのだが……十分ほど直線的に歩いているが一向に奥が見えてこない。
縦に長い森だったかなとも思ったが、入る前にざっと見た感じではほぼ円の形をしていたので有り得ない事態だ。
直線的に歩いてきたかと思ったが、実は方向感覚を狂わされて森の中をぐるぐると巡っていたとか?
……いや、それもない。
これでもシノビの端くれだ。シノビは最初の修行として遁術――いわるゆる敵から隠れたり逃げたりする術を徹底的に叩き込まれる。その鍛錬方法の中には目隠ししたままズレなく直線を走るというモノがあってそこで方向感覚を鍛えられるのだ。
俺ともなれば目隠ししたまま1kmの直線を走り切る事ができる。その鍛え上げた方向感覚が此処に至るまでずっと直線で歩いてきたと言っている。
そうなると本格的におかしい。
俺にとって十分の歩行距離は約1km。普通であればとうに森の外へ出ているはずだ。どこまで森が続くか興味に駆られてここまで来てしまったが、一旦引き返すべきだろう。また同じ道を十分歩くと思うと嫌気が差してくるがしょうがない。こんなところで遭難とか冗談じゃないからな。
禁足地と呼ばれているのは伊達ではないか……旦那さん、アンタ、随分と面倒な場所に入り込んでくれたものだ。
俺は一つ溜息を吐いてその場で踵を返した。
目の前には相変わらずの鬱蒼とした森が広がっており、空を見上げれば、中天には二つの満月があって辺りを明るく照らしている。
こんな状況下で遭難とかしたら草葉の陰で親父が泣くに違いない。しかし、なんだ? なにか凄い違和感があるぞ……そうだよ、何でお月様が二つもあるんだ!?
あまりにも自然に在りすぎてスルーしそうになったが明らかに変だ。蜃気楼って訳じゃなさそうだし……何者かから幻覚攻撃を受けている?
いや、それもない。自己流のバイタルチェックを行ってみたが、身体機能は全て正常だと訴えている。だとすると目の前の光景は現実という事になるのだが……月が二つあると言うのは違和感が半端ないな。
……どうやらこの依頼、一筋縄ではいかないようだ。俺は警戒レベルを一つ上げると元から来た方向へ走り出した。
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変だ。
かれこれ30分は走っているのに元の場所……禁足地の入り口に戻れていない。俺が歩いてきた距離を1kmとすれば、とうにその距離は踏破しているハズだ。
少なくとも直径200mほどの森であれば外に出られていて然るべきだろう。しかし、いけどもいけども森は続いており……まるで大森林や樹海に迷い込んでしまったような感覚を覚えている。
いったいどうなっているだ!
……いや落ち着け。状況として変な事は間違いないが、危険が差し迫っているような状況ではない。こんな時こそ冷静に行動して活路を見出すべきだろう。
とりあえず、高い木に登ってみて周囲を見渡し、どちらの方向へ向かうかの指針を得よう。
俺は近くにあったひときわ高い木に手を掛けるとスルスルと木を登っていった。
いわゆる木遁――木登りの術である。森の中で追手や凶悪な野生動物に追われているときに使う術で、こんな森の中で探索をするときにも重宝する。
木の天辺付近に登るまで10秒も掛からず辿り着き、周囲を見渡した。すると――
「なんじゃこりゃあ、俺は一体何処へ来ちまったんだ……」
眼下に広がるのは大森林、見渡せる限りの視界に森が広がっていた。俺が侵入したであろう禁足地の森とは似ても似つかない。まさか、これが神隠しの正体なのか……こんなの行方不明者の探索をしている暇はないぞ。まずは自分の身の安全を確保しないと。
しばし呆然としていた俺であったが、頭を振り、頬を叩いて気合を入れる。
いくら不可解な事が起きていると言っても、実際に目の前にある現実から逃げる訳にはいかない。
サバイバルではしっかりと現状を理解し、そこから何をやるべきかを定め、目標に向かって一歩一歩確実に事を進める事が肝要なのだ。先ずは当初の予定通り、どの方向へ進むかを決めないと。
俺は木の天辺付近に登ったまま、ぐるりと周囲を見渡した。すると南の方は森が途切れて平野が広がっているのが見て取れた。
距離としては約10kmといったところだろうか? 走っても歩いても問題なく踏破出来る距離だ。
そして、その平野に辿り着くまでにどうやら開けた場所があるっぽい。そこには人工物と思われるものが建っており……大きな十字架のようなものであると見て取れた。
近くに民家と思われるものはないから宗教施設というよりは、何かのモニュメントとみるべきか? 森から出るのに迂回するのも面倒だし、この場所が何処か見当を付けるためにも立ち寄っておくか。
俺は登っていた木から降りると、まずはそのモニュメントがある場所へ向けて歩き出した。
その先に運命の出会いが待っているとも知らずに……。
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