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19話 命令


 一晩寝たことで頭がすっきりした。


 そして今更ながらに結構な危機感を覚えた。この町にいるのは危険では無かろうかと。


 今までは目先の事に精一杯で、女吸血鬼の事を棚上げしていたのだが……よくよく考えれば、俺が半吸血鬼にされた森から数時間の場所にあるし、同じく血を吸われたであろう安本さんが襲ってきたこともある。


 俺があの女吸血鬼だったら最初に目を付けるのはこの町であるし、探すとするならこの町からだろう。それなのに三十日間も滞在しようとしていた俺は一体何なのか……精神操作でも受けていたのか?


 と、とにかくこの町から逃れなければ。いつ彼女が襲って来ても不思議じゃない。


 俺は急いで身支度をすると、宿から飛び出そうとして……体が硬直した。



 これはアレだ。手遅れだったようだ。



 何処からともかく強烈な視線を感じる。それと同時にあの時感じた強烈な覇気も。


 どうやら彼女のそれは指向性を持たせられるようで、硬直した俺を変な表情で見ながら他の宿泊客が横を通り過ぎていく。


 暫くして、俺の体は自分の意思に反したように動き、宿の自室へと戻らされた。


 自室に戻っても俺の体は勝手に動き、木窓を閉めて陽の光が入って来ないようにしたら、今度は床の上に平服させられた。


 そして、感じた事のある覇気はどんどんと強くなっていき……ついに彼女が現れた。



『探したぞ……手間を掛けさせおって。しかし、随分と面白いことになっているではないか。よい、許す。面をあげよ』



 彼女がそう言うと頭だけが自由となり、思わず土下座の状態から頭を上げていた。


 ああ、やはり彼女だ。


 艶やかな金髪、緑色の瞳、そして真っ白な肌と、深紅の唇から覗く長い八重歯。俺の血を吸って半吸血鬼とした美しい女吸血鬼がそこに居た。



『まさか我に眷属が出来る日が来ようとはな……数百年生きて来て初めての事じゃ。最初は八つ裂きにしてやろうと思うておったが、フム、これは……』



 女吸血鬼がパンパンと手を叩くと、何処からともなく黒猫が現れた。やはり、彼女の使い魔だったのかと、自分の迂闊さに眩暈がする。


 女吸血鬼は現れた猫を抱きかかえると、自分の額と猫の額をくっつけて何やら瞑想を始めた。いや、これは使い魔である猫の記憶を読んでいるのか?


 しばらくの間、彼女は目を閉じて何やらニヤニヤと笑みを浮かべていたが、唐突に目を見開くと猫を床に降ろした。そして俺に告げる。



『生きたいか、下郎?』



 そ、それはもう当然だ。


 元の世界にいた頃の俺であれば首を横に振っていたかもしれないが、せっかくこの世界に来て、生きる事の楽しさを思い出したのだ。


 まだまだ半吸血鬼として試したいことは山ほどある。このファンタジー然とした世界で、出会っていない種族はごまんといるだろうし、見てみたい風景もある。


 いまここで死ぬには勿体なすぎた。


 しかし声を出す事は許されておらず、自由に出来るのはこの頭の動きだけ。だから俺は頭を床にこすり付けるのではなく、必死に生きたいと願い彼女を睨みつけた。


 逆ではないかと思う人もいるかもしれない。しかし、この女吸血鬼についてはこれが正しい。卑屈なモノを何よりも嫌うと彼女の纏う雰囲気がそう言っている気がした。


 そしてそれはどうやら正しかったようだ。



『そうか。生きたいか、フフ、必死じゃな。あい分かった、貴様が生きる事を許そう。しかしじゃ、それには条件がある』



 条件だって? どんな無茶な命令をされるのかと戦々恐々となって鳥肌が立つ。



『なに、我の眷属となったお主であるならば、そう難しいことではない。お主が昨日斃した食べカス。アレは他にもおってな、アレをお主に討伐して欲しいのよ。本来なら我が斃して回らねばならぬのだが……ぶっちゃけ面倒でな』



 それは……昨日の状況から鑑みるに出来ないことではない。


 しかし、目の前の女吸血鬼が、食事をするたびに安本さんのような存在を作り出すというのなら……俺は死を覚悟の上で、目の前の女吸血鬼に戦いを挑まなくてはならなくなるだろう。



『ああ、安心するがよい。我が食事をする時は十年に一度。空に輝く二つの月が同時に満月となるときにこそ、我が吸血衝動が抑えられぬ刻。だから、食べカスとしてはそう多くはない。それに我はグルメじゃからのう……絶望と死に身を焦がした獲物しか我は好んで食おうとは思わん』



 ……それはつまり、自殺するほど焦燥した獲物にしか手を出さないと言う事だろうか。確かに条件としては安本さんも、まぁ俺も条件に当てはまると言える。



『どうせ死ぬのなら、我が餌になってもらおうと思っての事。アレよ、そういった者にはあの逆さ十字に集まるように細工をしてあった。先日あの時、我の餌となった絶望人はお主らを除いて十人といったところか……その全てを始末して見せよ。それが成せたらお主が生きる事を許そうではないか』



 断ろうにも、現段階では従うしか道はない。俺は再び彼女を強く睨みつけて承諾の意を示した。



『よし、では頼んだぞ。なに、食べカスへの案内はこの黒猫がする。お主はその案内に従って食べカスの始末をするだけでよい、簡単じゃろう? 全てが終わったら、また会いに来るからな……我が名は真祖カーミラ、ゆめゆめ逃げる事のないよう、心に刻むがよいぞ』



 そう言い残して、女吸血鬼は去って行った。


 俺が歪な土下座の態勢から脱せたのはそれから十分もの時間が過ぎてからだった。


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