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17話 黒猫


「じゃあ、僕たちはこれで。新人同士、組めたらよかったんだけど、妹がね……」

「いや、仕方がないさ。俺の抱えている問題が大きすぎる。また、一緒に仕事をする時があったらよろしく頼む」

「そんな機会は二度とこねーとは思うけどな。せいぜい生き足掻いてみせるんだな」



 町に戻った後、ギルドに一角兎や二角熊の討伐部位を提出した後、俺達は別れた。


 惜しいと言えば惜しいが、最低限の話を聞けたのでヨシということにする。


 それにしても色々とあった事でもう夕暮れ時だ。流石にこれから図書館というわけにはいかないから、素直に宿屋に帰る事にする。


 ああ、ついでに屋台で何か食事を買わないと。あの黒猫も来るかもしれないから、その分も用意しておこう。


 俺は適当に屋台で総菜を買うと、宿への帰路に就いた。



---


 

 ――その夜。


 再び、胸の上に重みを感じて目を開けたら件の黒猫が俺の胸の上に鎮座していた。相変わらず艶のよい毛並みで、優雅に欠伸なんぞをしている。


 払いのけようとするのではなく、撫でようと手を伸ばしたら今度は猫パンチをされるではなく、俺の手を受け入れてくれた。頭から首にかけて、そして、胴体から尻尾に掛けて撫でると、気持ちよさそうに伸びをする。


なんだこの生き物、えらくカワイイじゃないか……。



 なんとういか、この良く分からない異世界に来て以来、こうまで落ち着いた時間は無かったような気がする。いや、それを言うなら元の世界にいた時もか。


 若い頃は訓練に、壮年期は仕事に追われて心休まる日はなかったし、常に飢えていた。


 それが今……ダンピールというわけの分からない存在になったとは云え、この異世界では三食が食える生活を送っているし、こうやって猫を愛でる時間も取れている。


 無論、あの女吸血鬼に狙われている事は自覚しているが、今のところ危機が差し迫っている状況ではない。


 あの禁足地に入った事で、不本意にこの世界に来てしまったわけであるが、後悔はしていないのだ。


 気がかりと言えば行方不明となった男の探索という仕事をほっぽり出したままという事であるが、こんな異世界に来てしまっては達成することはできないだろう。


 なにより此処では俺の学んだ技能を十全に発揮できる。生きていると言う実感が持てている。今更元の世界に戻れと言われても戻る気はしないな。



 俺は撫でられてにゃごにゃご鳴いている黒猫から一旦手を離すと、備え付けの机の上に置いてあった紙袋に手を伸ばし、猫の餌を取り出した。そしてそれを黒猫の口の方へ持っていく。


 黒猫は餌の匂いをしばらく嗅いだ後、猛然と貪り出した。


 気に入ってくれて何よりだ。


 俺は猫のブラシのような舌の感触を感じながら微睡んで寝落ちしそうになっていたが、突如として猫に噛まれたことで意識が覚醒した。


 痛いじゃないかと、文句を言おうとしたら、件の黒猫は俺の胸から降りて木窓に飛び乗った。そして、ついてこいとでも言うように一声鳴く。



「なんだ? 俺は眠いんだが……」



 そう言ってベッドの上で再び微睡みそうになっていると、にゃーにゃーと連続で鳴きだした。


 これ以上鳴かれたら隣の部屋から文句が飛んできそうだ。


 俺は仕方なくベッドから起きると、黒猫に近づいた。一体なんだっていうんだか……。


 すると今度は木窓から飛んで、外に出てしまった。そして、その外でもにゃーにゃーと鳴いている。どうやら、俺についてきて欲しい場所があるらしい。


 まあいいか……夜は魔族の時間だ。猫に誘われて夜の散歩と言うのも乙なものだ。


 俺は木窓から飛び出すと、黒猫に誘われるまま夜の城塞都市を歩いた。そして、遂には城壁の近くまで辿り着く。


 黒猫は崩れかけた城壁の隙間を通って町の外へ出てしまった。そしてまた、ついて来いとでも言うように城壁の外で鳴いている。


 いや、この隙間は俺には小さすぎるんだが……仕方がない。飛び越えるしかないか。


 俺は城壁の上で巡回している兵士の目を盗むと、大きく跳んで城壁を乗り越えた。着地点には黒猫が居て、城壁を超えて来た俺を見て毛を逆立てている。


 驚かせて悪かったよ。しかし、俺を一体全体何処へ連れて行こうとしているんだ?


 黒猫は俺に文句を言うように一声鳴くと、再び背を向けて歩き出す。


 こうなったっらとことん付き合ってやろうじゃないか……しかし、とんだ夜の散歩となってしまったものだ。


 自分の付き合いの良さに苦笑しつつ、十分ほど歩いただろうか?


 二つの月は中天にあって輝いており、優しい風が草原を撫でていく。そんな優しい風景にそぐわない存在が現れた。


 件の黒猫がにゃんと一声鳴いて、その存在に向かって唸り、毛を逆立てた。


 俺はその存在に見覚えがあった。そう、彼の顔は捜索の依頼書に添付してあった写真で見たことがある。



「まさか、アンタ……安本さんか!? 奥さんから捜索依頼が出ていた……アンタもこの世界に来ていたのか」

「……」

「おい、どうしたんだ?」



 俺の呼びかけに、行方不明となっていた男は応えない。歯を剥き出しにして、目を赤く染めて今にも襲ってきそうだ。


 いや、赤い目だと?


 よく見れば、男の目は俺と同じく縦に割れており……犬歯が異様に尖って口からはみ出ている。もしや彼は……。


 その男は月に向かって絶叫したのち、俺に襲い掛かって来た。


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