10話 勉強
翌朝――
宿の質素な朝食を摂るとチェックアウトを済ませて外に出た。まだ、太陽は顔を出したばかりで朝焼けが周囲を照らしている。
よし、再び城塞を登るなら人通りが少ない今のうちだな。いや、この際、半吸血鬼の跳躍力で一息で外に出るのもありか。中に入る時と違い、外に出る時は着地点に建物や人がいるかを気にせずに済む。
俺は城壁の近くまで歩み寄ると、上で巡回している兵士の目を盗んで跳躍した。
どうやら力を込めすぎたようで城壁の高さの二倍ほど高く跳んでしまったが、高さが足りないよりはマシだ。着地の時の衝撃はかなりなものであったが、流石は半吸血鬼だけあって怪我することなく着地する事が出来た。
さて……今日は正門からちゃんと入らないと。
昨日とは違って言葉が通じると判ったし、カネも用意した。もし滞在費用という名の税金を求められても払える状態だ。
問題はこの目隠しを外せと言われた時の事であるが……それについてはちゃんと対処方法を考えてある。
俺は一旦、城塞都市から離れると、大きく迂回した上で、正門のある場所へ近づいて行った。
今日は昨日と違って正門が開いており、既に人々の出入りや馬車の行き来が始まっていた。俺はしばらく待って人の出入りが落ち着いた状況になると、入出管理しているだろう門番の方へ近づいていった。
門番は、目隠しをしている俺に胡乱げな視線を向けて来たが、こういう時はおどおどとしていると却って要らない誤解を招いてしまう。堂々とした態度で門番に話しかけた。
「お早うございます、お勤めご苦労様です」
「旅人か? 随分と変な恰好をしているが……」
「ええ、まぁ……この目隠しは気にしないでください。昔、ひどい傷を負って見苦しいので隠しているんですよ」
「ほう、そんなんで見えているのかね? まぁいい。それで君はこの町に入りたいという事でいいかな? それなら滞在費として銀貨一枚、一万オンスを支払ってもらうが」
「はい、銀貨一枚ですね。この通りお支払いします。因みにこの一万オンスでこの町にどれだけの期間、滞在できるんでしょう?」
「三十日だな。この番号を書いた割符を渡すから、町の中で衛兵に質問を受けたらそれを見せるように。その時、もし、滞在許可期間を過ぎていたら問答無用でしょっ引くので注意するようにするんだな。ああ、滞在期間中、外に出たい時はその割符を門番に見せるように。外に出てその割符を失くしたら、入るときに改めて一万オンスを支払ってもらうから気を付けるようにな」
なるほど、どうやらこの割符がビザの代わりという事らしい。それにしても一万オンスか……結構な出費だ。
因みに1オンスは日本円にすると1円くらいだと思ってくれたらいい。
だから、三十日の滞在で一万円を取られると言う事で……うーむ、得体のしれない旅人の三十日間の滞在許可費用だと思えば一万円なら安い方か? 俺は海外に出たことが無いから相場が分からないが、それが規則だと言うのなら従おう。
支払った一万オンスの代わりに渡された割符を懐に入れると、改めてこの城塞都市の中へ入る。
てっきり目隠しをしている布を取れとか言われると思っていたのに、少し拍子抜けした気分だ。布を取っても大丈夫なように魅了の魔眼を使う準備をしていたんだけどな……まあいい、余計な手間が省けてよかったと考えよう。
さて、これで無事に滞在許可証を得られたワケだ。おそらくこれを見せれば図書館の利用もできるはず。少なくとも門前払いはされないだろう……と思いたい。
それでは早速、向かうとしよう。時は金なりだ。滞在できる期間はたった三十日。一瞬たりとも時間は無駄に出来ない。
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結果から言うと図書館の利用は問題なく出来て、俺はこの世界で生きていくための知識を得る事が出来た。その主要な内容は次の通りだ。
この世界は人類の他に、亜人や魔族と呼ばれている種族がおり、前者であれば比較的、人間に協力的なエルフやドワーフなどで、後者であれば夢魔や吸血鬼などという危険な存在を指しているらしい。
無論、そこには半吸血鬼のような混血と呼ばれる存在もあって、ヒトの世界に在っては魔族ほど忌避されているワケではないが、疎まれる存在であるようだ。
当然ながら市民権や定職を得る事は出来ず、その多くが流浪の民として生活を送っているらしい。
そんな彼らがどんな仕事をしているかと言えば、何でも屋的な事をしているようだ。いわゆるファンタジー小説でよく出てくるような『冒険者』的なモノを想像して貰えばよいだろう。
清掃、配達、戦闘、護衛、調査、調達、探索、その他諸々と、その内容は多岐に渡る。
とにかく、混血の者は『冒険者』として、その能力に見合った仕事をしているようで、そんな彼らを統括する組合という存在があるようだ。
混血者は総じてそのギルドに所属するのが一般的らしい。
そのギルド支部がこの町にもあるようで……今後の事を考えると、そのギルドとやらの様子を見に行くのがよいだろう。
俺は受付者に利用料金を払うと、世話になった図書館を後にした。時間はもう夕暮れ時だ。ギルドとやらに行くのは明日だな。今日の宿は昨日と同じところでよいだろう。
漂ってきた夕餉の匂いで、昼飯を抜いて空腹だったのを思い出した。今日は屋台で飯を食ってから寝るか……。
そんな事を内心で呟きつつ、俺は足早に宿へ向かうのだった。
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