4話
「な、何でもないよ。少し勉強してて」
「おお、そうじゃったか! えらいのぉ」
ロム爺が、大きくてごつごつとした手で私の頭を少し乱暴に撫でる。
疑いもせず素直に褒めてくれるロム爺に、咄嗟に嘘をついてしまって少しだけ心が痛い。
どうしよう。
やっぱり、今日あったことを言うべきなのかしら。
もし、今日あったことを全てありのまま伝えたらロム爺はなんていうだろう? 怒る? それとも心配する?
......いや、きっと学園なんか行かなくていいと言って笑うだろう。
でも、私は学園を卒業して良い職に就いて家族を養ってあげたい。
このまま学園を辞めてしまったら、なんとか食いつなぐことはできても家族に満足な暮らしをさせてあげることはできないわ。かといって、嘘をつき続けるのも気が引けるし......。
「ねえ、ロム爺―—――」
「姉さん! 連れてきたよー」
なんて迷いながら、ロム爺に話しかけると同じタイミングで玄関の扉が開いた。
扉の方を見やると、人影が四つ。
家の畑にいる兄妹を呼びに行ってくれたアキと、両手に野菜を抱えた弟で長男のムンタ、次男のリュウ、リュウと双子の妹、シズクが泥だらけで立っていた。
「お姉ちゃん! 見て、今日は大量だよ!」
シズクが嬉しそうに私の元まで走って野菜を見せると、それをからかいにリュウがついてきた。
「大量って、いつもの大根だろ?」
「何よ! これだって十分美味しいじゃない」
「もう飽きたって言ってんの!」
「こら! 二人とも喧嘩するなってば!」
リュウの文句に、シズクが言い返し喧嘩を始める。
そんな二人をムンタが止めようとするが、まったく止む気配がない。
「飽きたって、いっつもあんたが一番食べてるじゃない!」
「それとこれは別だろ!」
「喧嘩はやめなさい! ほら、邪魔だからあっち行ってて。ロム爺は、二人をお願い」
その様子を見て、ロム爺に二人を預けた。
仕方ない、今日は私一人で作った方が早そうね。
「おう。それより、さっき何か言いかけてなかったかい?」
「......ううん、何も言ってないよ?」
やっぱり、ロム爺に相談するのは保留しよう。
大丈夫、これから学園は進級と新入生の入学に向けて、長期の休みに入る。
だから、返事をする時間だってそう短くはないはず。
少なくとも、まだ一人で考える時間はある。
......皆に伝えるのは、きっとそれからでも遅くないわ。
「さて、お姉ちゃんは料理するから、皆はリビングで待っててね」
「エウレカ姉ちゃん! お料理するの? 魔法使うよね!?」
料理という言葉を聞いて、アキがキラキラと目を輝かせて私を見ていた。
そんなアキに目配せをして、腰に下げた杖を取り出す。
「うん、危ないから離れててね」
「わかった!」
てくてく歩いて、少し離れるアキ。
私の取り出した杖を見て、喧嘩をしていたはずの二人もその様子を黙って見ていた。
どうしようかしら。アキも三男も最近大きくなってきて、食べ盛りだしいっぱい食べさせてあげたいんだけど、そんな余裕ないのよねぇ。
お肉があればいいんだけど、家にお肉なんてないし......。
「食材何があったかしら」
今日取れた大量の大根と、少しのネギに......ニンニクか。
これで、食べ盛りの弟たちが満足できる料理は......よし、決めた!
「ムンタ大根投げて」
「うん!」
私の指示でムンタが、両手に抱えた大根を放った。
すかさず、その大根に右手に握った杖の先端を向ける。
「風よ斬れ」
私がそう唱えると、放られた大根は綺麗に皮を剥かれ、輪切りにされたあと四等分された。
そして、そこに間髪入れず呪文を唱える。
「浮け」
大根が呪文に呼応して、空中で停止した。
同じように、ニンニクをみじん切りにして油を敷いたフライパンに投入。
「炎よ燃えろ」
ぼわっと、音を立ててフライパンに火が付いた。
火加減を弱めに調整してっと。
フライパンで熱している間に、包丁でネギを細かく刻んでいく。
本当は、これも魔法でやっちゃいたいんだけど生憎、そこまで器用な方じゃないのよね。
それに、もし魔法が使えないときに料理もできなくなってたら、目も当てられないから包丁も練習しとかないと。
―――なんて考えながら、ネギを切り終えた頃プライパンからニンニクの香ばしい匂いが漂ってきた。
「いいにお~い!」
「ねえちゃーん! 腹減ったぁ!」
さっきまでの喧嘩はどこに行ったのか。
二人は、頬っぺたをくっつけてフライパンを覗き込んでいた。
「こら! 近付いたら危ないって言ったでしょ! もうすぐ出来るから待ってて」
「「はぁ~い」」
名残惜しそうな二人を、ムンタが引っ張って連れていく。
二人がしっかり離れたのを見て、フライパンに大根を投入。
今度は、火力をもう少し上げて......。
しばらくして、大根に焼き目が付いてきた。
そこに、しょうゆとバターを入れて煮からめる。
皆、味が濃いほうが好きだから濃いめの味付けの方がいいわね。
じゅわぁっといい音と一緒に、バターの優しい香りと醤油のコクが広がって、大根に染みわたっていく。
何回かひっくり返しながら、味をなじませて......もう少しで完成ね。
お皿用意しなくちゃ。
「物よ動け」
ロム爺お手製の食器棚に向けて杖を構えると、お皿が私の元に並べられた。
並べられたお皿一つ一つに、大根を盛り付けて残ったバターと醤油のソースを回しかける。
そこに、刻んだネギを盛り付けて......。
「よし、完成! 出来たよ、大根ステーキ!」
お皿を運んだ時と同じ要領で、魔法を使って大根ステーキとカトラリーを丸いテーブルに並べる。
「おいしそう~」
「あ、そっちの方がでかくね?」
「ほら、俺のと交換してやるから」
アキが匂いを嗅いで目を輝かせ、はしゃいでいるリュウを諫めながらムンタがお皿を交換してあげている。
そんな微笑ましい家族の光景を見ていると、隣からくいくいと袖が引かれた。
「ねぇねぇ、エウレカ姉ちゃん。僕も姉ちゃんみたいに魔法使えるようになる?」
「そうねぇ......どうだろ? お姉ちゃんにも分からないわ」
私を見上げながら聞いてくるアキに、私は曖昧な返事をして弟の頭を撫でた。
分からないと言ったけど、正直可能性は限りなく低い。
というのも、魔法の才能は血統に依存することが多いのだ。
この世には、魔法を発現させることが出来る者と出来ない者がいる。
魔法を発現出来る者、そのほとんどが貴族の血縁者だ。
稀に魔法を発現させることが出来る平民がいるけど、そのほとんどは低級魔法が関の山。
そこそこ強い魔法を扱える者は、良くて貴族の養子。
悪くて国に使い潰されるかの二択で、そうなると元の家族に会うことすらできなくなる。
そんな状態。
だから、魔法を使うことは難しいしできれば家族には、使えずにいてほしいというのが私の本音。
そんな本音を知ってか知らずか、大根ステーキを口いっぱいに頬張りながら、シズクが元気よく手を上げた。
「はい、はい! 私はね、魔法使えなくてもいいけど、お姉ちゃんみたいに美味しいお料理作れるようになりたい!」
うちの次女可愛すぎるわ!
「じゃあ、いっぱい食べて研究しないとね」
私の分を一切れお皿に乗せてあげると、シズクは跳ねて喜んだ。
その様子を見て、今度はリュウがやってきた。
「お、俺も! 姉ちゃんの料理いっぱい食べたい!」
「えー? あんた飽きたって言ってなかった?」
「飽きてない! 姉ちゃんの料理大好き!」
「......よろしい!」
現金なリュウに一切れあげると、アキとムンタが羨ましそうに見ていたので二人にもあげたら、私のお皿は空っぽになってしまった。
「ほら、お前もいっぱい食べなさい」
そんな私を見て、ロム爺が豪快に笑いながら自分のお皿を渡してくれた。
「いいよ。ロム爺の方がいっぱい食べるんだから、ロム爺が食べて?」
「なに、気にするな! わしは皆で食べるのが好きなんじゃ!」
「大丈夫! それに私、もうお仕事行かなきゃ」
時計を見ると、針はすでに七時を回っていた。
少しゆっくりし過ぎた。八時から酒場で仕事だから、そろそろ家を出ないと間に合わないわね。
「じゃあ、ロム爺。食べ終わったリンにご飯あげてね」
「ああ、気を付けるんじゃぞ」
着替えを済ませて、家を出る。
野菜は、皆が収穫してくれたしご飯は作った。洗濯は明日の朝やるとして、後はお仕事して今日は終わりね。
アシェランの件は......帰ってきてから考えましょう。
「じゃあ、行ってきます」
「「「「「行ってらっしゃーい!」」」」」
❖
貧困街を抜けて、平民が暮らす街に出る。
炎の街灯に照らされた街は、昼間とは打って変わって賑わっていた。
どこからか聞こえてくる管楽器の陽気な音色と、肩を組んで笑い合う住民たち。
石畳で出来た広く長い一本道の端には、沢山の出店や酒場並んでいて仕事終わりの人々が中に入っていく様子が垣間見えた。
こう見ると、平民街は貧民街や貴族が住む中央部とは雰囲気が違うもので、閑散とした不気味な感じや上品で落ち着いた雰囲気は一切なく、夜は特に活気づいていて楽しそうだ。
いつか、お金に余裕が出来たら家族を連れて行きたいわ。
リュウなんか連れてきたら、きっと大はしゃぎするでしょうね。
大通りをしばらく進むと、右手側に宿屋と並んで被服屋の茶色い看板が見えた。
その看板を目印に、すぐ近くの小道に逸れる。
小道に入る時に、大通りの方にある時計をちらりと見ると針すでに七時五十分を回っていた。
まずいわ。遅れちゃうから、急がなくっちゃ。
「―――痛っ!」
なんて考えていると、前から来る人影に思いっきりぶつかってしまった。
「ごめんなさい! 大丈夫かしら?」
「ええ」
当たった衝撃で転倒した相手方に、手を差し伸べると掴まれた手は細く華奢な女性のものだった。
引き上げようとして腕を引くと息が触れる距離で、彼女と目が合った。
淡い翠玉の瞳。艶のある金色の長髪に、儚げで上品な雰囲気を纏った少女。
一目見るだけで、虜になってしまいそうなほど美しい少女に、私は掴んだ手を引き上げるのを忘れてしまうくらい、思わず見惚れてしまった。
「......あの」
「......あ! ごめんなさい!」
彼女は動かないままの私に、困惑した表情を向けて目を伏せた。
私ったら、初対面の人を突き飛ばした挙げ句まじまじと......。
「あの、本当にごめんなさい。怪我はないですか?」
「ええ......大丈夫です」
急いで引き上げると彼女は、そう端的に答えて、数秒の沈黙の後ぽつりと呟いた。
「では、失礼致します。エウレカ様」
名乗ってもいない筈の、私の名前を。