落ち延びた先で
「ログウェルよ、無事でいてくれて何よりだ」
「こんなことでご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません、お爺様」
「いいのだよ。 この程度のこと、迷惑などと思わぬよ」
王都での廃嫡騒動により逃走を余儀なくされていたログウェルは、自身の母であるローナ・オーランドの生家であるガードナー侯爵家の領地へと逃げ込んだ。
「ありがとうございます、お爺様。 あの状況ではあまり選べる手段が残っていなかったので押しかける形になってしまいました。」
騒動が起きてすぐに逃走を始めた以上、王都に潜伏して状況を変えるのは現実的でなく、王都から逃れて他の領地で匿ってもらうしかログウェルには選択肢がなかった。
匿ってもらう先としても出方の読めない貴族が多いので、ログウェルが頼ることのできる領主は限られていた。
1つは自身の祖父であるヨーゼフ・ガードナーが治めるガードナー侯爵領、もう1つはパーティー会場で廃嫡騒動にかかわっていないことが確認できていた宰相であるジュード・オルキスが治めるオルキス伯爵領である。
ガードナー侯爵領は王都より近く当主であるヨーゼフの統治が行き届いているので匿ってもらえるのであれば安心できるが、ガードナー家が今回の廃嫡騒動に関与しているのかどうかが不明であった。
対してオルキス伯爵領は王都から離れた国境付近に領地を有しているので人の出入りが多いので紛れやすいが、そこまで逃げるのに時間がかかり王都からの追っ手に捕捉される可能性が高かった。
ログウェルはオルキス伯爵領までの逃走では逃げ切れない可能性が高いと考え、祖父であるヨーゼフであればこのような騒動に直接かかわらず、ログウェルに問題があるなら直接文句を言いに来るだろうという信用を元にガードナー侯爵領へと逃走することを決めていた。
王都からガードナー侯爵領に逃げ込んだログウェルは夜陰に乗じて侯爵家の館に忍び込み、侯爵へ匿ってもらえるように頼み込んだのである。
ヨーゼフも王都から情報を得ており、廃嫡騒動に関してログウェルに非があると考えておらず、国王を問い詰めるために近々王都へ乗り込む算段を整えようとしていた。
その最中にログウェル本人が匿ってほしいと乗り込んできたのである。
「まあ、儂もお主に直接ここまで逃げ込んでくるとは考えていなかったので驚いたことは驚いたがな」
「お爺様の不意をつけたなら、私も成長したということですかね」
「小癪なことを言いよる…… そもそもこのような騒動を起こさせる時点で脇が甘いのだ、ログウェルよ」
「そう言われると返す言葉もありませんよ、お爺様……」
ログウェルとしては既に立太子されてから四年も経ち、国政でも成果を上げ民の評判も上々で国王とも意思疎通が取れていたと思っていた。
自身が民を苦しめるような国策ばかりを行ったり、国王の意思に反したことばかりをしているのであれば廃嫡も納得できるのだろうがそういった事実はない。
確かに側妃や第二王子を諫めるようなことをしたり、王家の予算を削減したりしていたが、側妃や第二王子から大きな反感を買っているとは考えていなかった。
自身の政治的地盤は万全であると思っていたログウェルとしては今回の騒動は寝耳に水であったが、脇が甘かったといわれればそれまでであった。
「まあ、起こってしまったことは仕方ない。 ログウェルよ、これからどう動くつもりでいるのだ」
「そうですね…… 私としては王太子の身分にこだわりはないのですが、他の王族では民の為にまともな政治ができるとは思えませんし、何とか国政の場に戻らなければとは思っています。」
ログウェルはあくまで王族として生まれた以上、様々な特権を与えられている王族として民の為に尽力する義務があると考えていた。
そのため、王太子の身分はもちろんのこと国王の身分であってもこだわってはおらず、王族である以上はそのまま尽力する予定でいた。
ヨグウェルがまともな国王になるかと言われればログウェルとしても否定的な部分はあるが、ヨグウェルを国王として自身がヨグウェルを支える形でもいいと考えていた。
「……その考え方を悪いとは言わぬ、ただ今回の騒動の一因ではあるだろうに…… まあ良い、ログウェルよ。 国政の場に戻るつもりのようだが具体的にはどうするのだ」
ヨーゼフはログウェルの答えにため息をつきながらも、気を取り直してログウェルへ改めて問い直した。
「私自身が今のところ国内で指名手配されている状態のようですし、直接王都へ乗り込むのはあまり良策とは思えません。 幸いなことにアイナとヨグウェルの二人とも後ろ暗いことは多く抱えているので、それを元に失脚させていく方向で考えていますよ」
「また気の遠くなりそうな対応だな…… それまで儂にお主を匿えというのか」
「お願いできるならぜひ匿い続けてほしいところです。 ただお爺様の立場もあるでしょうし、難しいようでしたら別の方法を考えますよ。 出来れば私の後ろ盾になっていただければもっと出来ることも多くなると思いますがね」
ログウェルとしてはヨーゼフを後ろ盾に王都へ乗り込み、アイナとヨグウェルの二人が抱えている後ろ暗いことを国政にかかわる者が多くいる場にて暴露することで二人を失脚させてしまい、自身は国政の場に戻ろうと考えていた。
ただヨーゼフとしてもガードナー侯爵家のことを優先して考える必要のある立場でもあるので、無理強いはできないと考えていた。
「まあ、儂自身はお主が悪いと考えておらんし味方をしてやりたいのだがな…… いかんせん侯爵家として動けるかといわれると今の時点では何とも言えんの……」
「お爺様の立場のことは重々承知しております。 侯爵家としての動き方が決まるまで匿ってもらえるだけでも助かりますよ」
「しれっとしばらく匿うように言ってきているところなど小賢しいところよな。 まあよい、しばらくの間は儂個人としてお主を匿ってやろう」
「ありがとうございます、お爺様。 この恩はまたの機会にお返し致しますよ」
「ふん、期待せずに待っておこうかの」
ログウェルは一先ず無事にヨーゼフに匿ってもらえることになって一安心だと気を抜いたところに、二人が話している部屋のドアがノックされた。
「ご当主様、夜分に申し訳ありません。 ご当主様へお会いしたいというお客様が来られているのですが……」
使用人がヨーゼフ宛ての来客を知らせに来たようだが、この夜分遅くに侯爵家当主を訪ねてくる無礼者がいるとはログウェルとしても驚きであった。
「構わんよ。 誰が訪ねてきたのだ。」
ヨーゼフも訝し気な表情をしているが、使用人は悪くないので鷹揚な声色で尋ね返した。
「それが、オルキス伯爵令嬢のミュゼ様が至急お会いしたいとのことのようでして……」
二人はお互いに驚きの表情をして顔を見合わせていた。
夜分遅くの来客はどうやらログウェルの婚約者であり、オルキス伯爵家の令嬢であるミュゼ・オルキスだったようだ。
「そうか、ではミュゼ殿をこの部屋まで連れてきてもらえるかのぉ」
「承りました。それではミュゼ様をこちらにお連れ致します」
ヨーゼフとしてもログウェルの婚約者であるミュゼがここへ来た理由に想像がつく以上、追い返す必要がないと考えたのか、この部屋へと連れてくるように使用人に伝えていた。
ログウェルとしてはまた面倒なことになりそうだなぁと思いながら、婚約者が部屋へ連れてこられるのをおとなしく待つのであった。