ケース10.5:三代目と親友の慙愧
「……純粋に疑問なんですが、そりゃあどういったような判断なんで?」
「読んで字の如く、そのままさ。
己が遺伝子を継ぐ子供欲しさに伴侶を求め、自ら純潔を捨てたんだ」
「……」
直球が過ぎる単語の羅列に、ユウトは思わず押し黙る。
あたかも自分を繁殖牝馬
――競走馬上がりの繁殖用の雌馬。
つまり"種馬"の対――扱いするが如き口ぶりは、明らかに異常が過ぎる。
この二十一世紀前期の時代にあって、
例え他人を指してだろうとそんな倫理に反する言い方をするのは、
文字通り知性体を同族とも思わねえイカレた外道か、
さもなきゃ根本から倫理のぶっ壊れた哀れなヤツと相場が決まってる。
(まして彼女ほどの人格者……
あのバンバ先輩が後継に選ぶほどのお方が、などとっ……
信じられるかっ……そんなっっ……!)
俗人ならここで取り乱しもしただろう。
だがユウトは
――年齢不相応に若干荒っぽく微かに幼稚でこそあれ――
一流と称される百戦錬磨の公人だ。
"付き合う"と答えた以上、名で呼んだ以上、
多少のことで動じちゃならぬと覚悟を決めていた。
なもんで、爆発しそうな感情だって抑え込めていた。
それをきっと察してだろう、ヒナミは舌を動かし続ける。
「相手の殿方は付き合いの長い親友でね。
互いに鉄火場で背を預けられるほどの間柄さ。
或いは、無人島に何を持っていくより互いを同伴させるのが最適と考えてもいた。
加えてその彼はある種僕より遥かに優秀でね。
僕の欠点を補って余りある逸材だったから、
二人の血を混ぜて最適な環境で育てれば、究極の跡継ぎに育つと考えたのさ。
この国と、この国に関わるあらゆる存在、
ひいては世界さえも背負って戦える大英雄になるだろう、とね」
続け様に語られたのは、どうにも狂気じみた内容だった。
大義に基づく目的そのものは崇高だが、それにしたって純度が高すぎる。
かの錬金術師テオフラストゥス・フォン・ホーエンハイムの格言に
『すべてのものは毒であり、毒でないものはない。
量こそが、あるものが毒であるか薬であるかを決める』ってのがあるが、
ともすりゃヒナミが語ったのはまさしく"毒になる量の大義"って感じ。
「全く以て狂気の沙汰以外の何でもないが、
当時の僕らは愚かにもそれが最適解だと信じていたんだ。
自分たちがいつ消えてもいいように
"保険として子供を拵え育てるべきだ"なんてね。
まだまだ未熟だった癖に、一丁前に成長しきったと思い込んで……
あたかも大気中の窒素全てを酸素に挿げ替えるが如き愚の骨頂さ」
「……然しヒナミさんとその"親友の彼"は踏み留まれたんでしょう?」
「ああ、幸運にもね。
当時、無駄に焦った僕らは互いに話し合い、
これまた愚かにも『まず何より子を為すのが先決』と結論を出した」
「性急が過ぎませんかねェ……」
「ああ全くだ。"性"だけにな。
……けれどとは言え、当時の僕らは性行為どころか恋愛の経験すらなかった。
だから改めてよく学び、訓練もすべきだと結論を出した。
それだけ冷静になれるなら、
そもそもそんな判断なんてすべきじゃなかったのにね。
本当に、彼には悪いことをしたと思う」
罪悪感を隠しもせず自嘲気味に宣うヒナミ。
だが察するに相手の"親友"もこの判断を悔いてるのは想像に難くねえ。
「かくして僕らは徹底的な避妊と性感染症対策をした上で身を重ねた。
義に拠る心の高ぶりと互いへの敬意が意識を満たし身体を奮い立たせ、
僕らは意気揚々と意気揚々と交合った……
だが、それがいけなかったんだと程なく気付かされた。
交合の最中……前戯の終盤辺りからだろうか、
お互いの心身に微かな違和感を覚え始めた。
違和感は加速度的に大きくなり、
遂には双方耐えられず性的絶頂を前に中断へ追い込まれたたのさ……」
「……つまり、アレですか。
"ヤってる最中本能レベルで拒絶反応が出た"とか……」
「まさにそうだ。学術的根拠はないが……
或いは現行の地球人類が到達し得る科学では解き明かせん何かなのかもしれん。
ともあれそこまで来て僕らは改めて
自分たちの判断が如何に愚かだったかを思い知らされた。
大義ってもんを背負う自分たちに酔う余り、
ごく当たり前の重要な前提を失念してしまっていたんだ。
ヒトの子は空く迄"子"であって、
必ずしも"後継"になるとは限らない……
何なら"後継"に血縁なんてなくてもいい……
"子"を産み育てる為にはまず"親"にならなきゃいけないし、
"親"になる為にはまず"夫婦"にならなきゃいけない……
そして"夫婦"とは恋情や性愛に基づき愛し合う"恋人"や"婚約者"が
絆を育み互いを"伴侶"と見做せてこそ至りうる……
とすれば親友でこそあれ決して所謂"男女の仲"ではなかった僕らが、
後継欲しさに身を重ねんとするなんて
実に愚の骨頂ってワケさ……」
「……確かに口外なんぞ到底できませんなァ」
「だろう? 最もどれだけ隠そうと事実は事実……
バレてしまったらその時はその時で腹を括るしかないがね」
「少なくとも俺ぁ断じて口外しませんがね。
とは言えまさか、ヒナミさんほどのお方が
そんなとんでもねえ過去をお持ちとは極めて予想外でしたが……」
「だから言ったろう?
この僕は決して"周りが言うほど完璧ではない"とね。
何なら義なんてもんを言い訳に倫理や情愛、
ひいては生命さえも軽んじた僕らはひどく傲慢で愚かしく、
いっそ滑稽ですらあるんじゃないかい?」
「……どうでしょうね。
マジに"ひどく傲慢で愚かしく滑稽なヤツ"ってのは、
そうやって自分を否定的に客観視しようとすらしねえモンでしょう。
自分が悪いとか間違ってるって自覚がねェんだから。
まして勝者や成功者ってのは得てして慢心しがちなモンです。
例え心に謙遜を持っていようが、
恥ずべき過去を他人に明かせるヤツはそう居ないでしょう」
「相変わらず絶賛の嵐だな……
益々キミが"好き"になってしまうじゃないか。
だが忘れないでくれないか。
僕にだって間違いなく粗はあるし、
消したい過去だって少なくないんだってね」
「ええ、勿論です。寧ろそれを知ったからこそ、
もっと貴女の近くに居てえと思います……」
「ほう、嬉しい事を言ってくれるじゃないか……ならば宜しく頼むよ、ユウトくん」
「ええ、こちらこそ宜しくお願いします、ヒナミさん」
かくして二人の間に、
上司と部下、ひいては共に戦う仲間同士をも超えた"友情"が芽生えたんだ。




