ケース10.25:三代目の暴露
場面は前回から引き続き、セキガハラ拠点内の執務室。
「わかりました。
お付き合い致しますよ、"ヒナミさん"」
「っっっ……!」
ユウトからの返答は、紛うことなき"快諾"。
本来なら喜ぶべきトコだろうが、
不意な名呼びと"付き合う"発言の組み合わせに、
ヒナミは思わず動揺する。
(か、勘違いしてはダメだ……
いいか、彼はあくまで"話に付き合う"と言ったんだっ!
その本質をしっかり理解し、考慮しないとっ……!)
ヒナミは必死で言い聞かせ、なんとか平静を装う。
一方、そんな彼女の変化を気取れねえユウトでもなく……
「……すみません。
立ち場も肩書も抜きと言われましたもんで、
形から入ろうと下の名前で呼ばせて頂きましたが……」
「何の、謝る必要なんてないさ。
寧ろありがたいね。
あくまでニカイドウ・ヒナミって一人の女を見てくれてるなら、
これほどいいことはないさ。
とりあえず立ち話も何だ、座ってくれ」
「では、お言葉に甘えさせて頂きまして……」
ユウトへ座るよう促したヒナミは、
相変わらず人間とは思えねえ動きで茶と茶請けを用意してみせた。
皿に乗せられたのは、黄粉に覆われた饅頭状の菓子。
さて、その正体は……
「名古屋三大銘菓の一つ、『芳光』のわらび餅さ。
石川県産の雁ヶ音茶がよく合うんだ」
「……待って下さいよ。
『芳光』のわらび餅つったら
本蕨粉だけで作った"本わらび餅"の到達点じゃないですか……!」
「まあそうだな。
実際僕もそこまで食べたことがあるわけじゃないし、
ほぼ他人からの"オゴリ"だったわけだから、
専門家ぶって偉そうなことを言うのも違うと思うがね。
まあ所謂、実家が太くて出世もできたが故の幸運ってヤツさ」
自嘲気味に『折角の休日に長く引き留めてしまったから
せめてものお詫びだよ』なんて言いつつ、ヒナミは本題を切り出す。
「それでだねユウトくん、
キミが"ニカイドウ・ヒナミって女"をどう思ってるかについて、
所詮他人に過ぎない僕自身じゃ、仔細を厳密には知り得ないが……
察するに『堅実な天才』とか『文武両道の完璧超人』ぐらいに思っていないかい」
「ええ、まさしくそのように認識しとります。
鎌倉から続く武家筋の末裔だとか、
中でも先祖代々積み重ねて成り上がった名家出身だとか、
元とは言え世界企業キングスレーの代表取締役社長だったとか、
今やセキガハラの総司令官だとか、
三代目"レールガンマイスター"だとか、
そういった出自や立場、肩書き等の諸々を度外視して尚、
貴女は模範的なヒーローで、かつ理想的な上司であり最高の"仲間"ですよ。
……失礼、一旦わらび餅を頂いても?」
「いいとも。僕に構わず好きなタイミングで味わってくれ」
ユウトは徐に黒文字
――菓子楊枝とも呼ばれる、和菓子についてる尖ったアレ――を手に取り、
わらび餅を切り分け口に運ぶ。
サツマイモの澱粉を使った"弾力のある市販品"とは違う、
蕨粉由来の柔らかく繊細な食感と、
中に入った漉し餡や外を覆う黄粉から成る味わいが口腔内を支配する。
(……規格外だな。実に気品あふれるウマさっ……!
本わらび餅の高値は蕨粉の希少性だけに留まらねえってのがよくわからァ)
そこへ流し込まれるのは、石川県が誇る雁ヶ音茶。
(……信じられねえな。
こんな日本茶があるとはっ……)
別名"茎茶"とも呼ばれるこの茶にあって、
何より特筆すべきはその味だろう。
煎茶や玉露に比べ渋味苦味が少なく、かつそもそもの甘味や旨味が強え。
更に独特の風味があり香り高いモンだから、漉し餡入り本わらび餅との相性も抜群だった。
(……頻繁に食っていいモンじゃねえな、こりゃ。
本当にごく稀に食ってねえと、逆に味覚がバグりやがる……!)
黒文字と湯飲みを置いたユウトは、
味覚と触覚と嗅覚を通じて得た"体験"を意識に溶け込ませながら、
訥々と言葉を紡ぐ……
「……ともあれ俺に言わせりゃ、
ヒナミさんは非の打ちどころがねえ完璧超人と言って差し支えねぇ程です。
……勿論最初から完全無欠だったワケはないんでしょう。
或いは徹底的に探せば粗の一つもあるかもしれません。
然しとは言え、それでも"生来の持つ者"として正しく育ったのは事実なワケでして……
生じた粗とて即座に探り当て克服・補完してしまわれるんでしたら、
それだけで最早最高水準の逸材と言って過言ではないかと」
「随分と絶賛してくれるじゃないか。
褒められるのは素直に嬉しいが……
その賛辞の内の一割ずつでも、
わらび餅と雁ヶ音茶に分けてやったらどうだい」
「勿論わらび餅と茎茶も最高でしたとも。
今迄味わった甘味と茶の中でも間違いなくトップの座を掻っ攫う絶品でした。
本当にありがとうございます。俺程度にここまで良くして頂いて……」
「いや何、構わんさ。
僕がキミにそうしたいと思ったからそうした……ただそれだけのことだからね」
柔和な笑みを浮かべながら、
ヒナミも続いてわらび餅と雁ヶ音茶を味わう。
「……さて、ユウトくん。
キミが僕をとても高く評価し、
心底尊敬してくれているのはよく理解できたがね……」
「ええ、ご理解頂けて何よりですが……何か問題でも」
「いや何、問題って程のもんでもないんだがね。
僕自身は別段、周りが言うほど完璧でもないんだよ」
「とてもそうは見えませんが」
「まあ嫌味に聞こえるかもしれんが、
茶と茶請けの代金代わりとでも思って聞いてくれ」
茎茶を啜りながら、ヒナミは語り始める。
「これはここだけの話……キミ相手だからこそ明かすけどね。
もう随分と前になるが、僕は愚かにも伴侶を得るべく処女を捨てたことがあるんだ。
結局、目論見は失敗に終わってしまったがね」
「……失礼ですが、随分と変わった言い回しをなさいますなァ。
要するに
『嘗て身を重ねる程の間柄にまで至った恋人が居たものの、
上手く行かず離別に至ってしまった』てコトでしょう?」
如何にエキセントリック気味で若干カッコつけたがりな性格とは言え、
それでも態々不自然な言い方をする理由が見当たらねえワケだが……
「いやいや、言葉通りの意味だよ。
本当にね、処女を捨てたんだ……"伴侶"ってのを、得ようとしてね。
もっと言うなら、子供を求めての"合理的な判断"のつもりだった」
返って来たのはまさか過ぎる返答だった。
さて、絵に描いたような"名家出身の秀才人格者"たるヒナミらしくもねえ、
ともすりゃ俄かには信じ難い衝撃の事実。そこに隠された真相とは……




