ケース10:三代目の焦燥
さて、場面は変わって防衛組織セキガハラ拠点内の執務室。
「お疲れ様だよ、ユウトくんっ。
しかも休日だってのにわざわざ報告に来てくれたなんて、
ライホウくんから純粋に尊敬されていたのもわかる話だな」
「恐縮です。
……つかまぁ、その……何でしょうね、
俺自身なりに考えると、
あの程度の怪人如きもっと迅速に始末できただろうなって、
そう思えてなりませんけども」
予期せぬ休日出勤を終えたユウトを労うのは、
セキガハラ総司令兼三代目"レールガンマイスター"のニカイドウ・ヒナミ。
新参の時点で既に相当"上手くやってた"この女がセキガハラに馴染むのは異様に早かった。
何せ現状着任から三ヶ月少々だってのに、
雰囲気や仕事ぶりは最低でも数年と見紛うほどだったんだからな。
そりゃ~褒められたユウトが謙遜しちまうのも無理はねえ話だよ。
「何をやっとるんだキミは……
東海が誇る花形ヒーローがそうやって卑屈になるもんじゃないよ」
「卑屈になってるつもりは毛頭ないんですがね。事実ですんで」
「そういう言葉が出るヤツはその時点で卑屈になってるもんだ。
明らかな酔っ払いが"酔ってない"と言ってるのと何も違わん。
……察するに、気分が優れんのじゃないか?
惑星スペリオルへの遠征は、幾ら君とは言え過酷だったろうからな」
「……すみません。スペリオル星が過酷っつーよりは……
スペリオル人があんなことンなっちまったのが、どうにもやりきれないもんで……」
「なるほどそっちか。まあ無理もないが、
それこそキミが気に病むことじゃない……と、
口頭で言ったとて鬱屈した気分がどうなるわけもないだろうな」
「すみません」
「謝るんじゃないよ。
これでも一応経営者歴十数年、
キミみたいなのは大勢見て来たつもりだ。
艱難辛苦は心に大穴を穿ち、それはやがて生命をも脅かす……
嘗てライホウくんがそうだったように、
それは"心"を持つ限り"何物"にも付き纏う大原則だ。
穿たれた"穴"はしっかりと"埋めて修復"しなければ……」
おもむろに、これ見よがしに立ち上がるヒナミ。
微かに視界に入るヒナミの肢体……
スーツ越しであって尚女性的な曲線美を主張するそれに、
ユウトは若干動揺・戦慄しこそすれ"分かりやすく慌てた反応"までは見せねえ。
この程度で慌てるようじゃヒーローなんてやってらんねぇし、
何よりユウトはヒナミを信用していたからだ。
「ユウトくん、君は……"飢えている"んじゃないかい?」
「……昼飯は済ませてますんで、そんなにですかね」
「いやいや、"そっち"じゃなくてだね……
トボけて貰っちゃ困るんだ。僕は純粋に君の身を案じてるのだからね」
「……そりゃ、餓えてねえと言ったらウソんなりますがね。
然しニカイドウさん、知覚種族なんぞ実質年中発情期みてーなもんでしょう」
「極論だな。確かにその言い分も誤りではないが、それとこれとは話が別だよ。
そもそも君はとかく不憫な男に見える。
ろくでなし共のせいで戦地に飛ばされてたのを無事に帰って来れたと思いきや、
息つく暇なくより過酷な地球外の惑星に一ヶ月も拘束された挙句、
救おうとした民は悲惨な結末を辿り……
更にやっとの思い出手に入れた休日の初日にまで敵襲ときた」
「ヒーロー業界ならよくあることです」
「なら猶更捨て置けんよ。
そもそもそれ以前にだって、大切な人々との別れを度々経験しているじゃないか。
同じ釜の飯を食った仲間たち……
正義の道を示してくれた恩師……
公私ともに支えてくれた恋人……
異界の地で友情を育んだ友人……
互いに尊敬し合っていた先輩……
皆去っていき、君だけが取り残された。
余りに不憫じゃないかね」
「この時代ならよくあることです。
そもそも俺ぁ、確かに取り残された側かもしれませんが……
補って余りあるほど多くのもんを得られましたから。
ヘカトンケイレスの中には生き残りも大勢いますし、
おやっさんやメイナ、テンビ老師の死は今も悲しいが、
だからこそ引き摺らずに生きて行こうって思えます。
バンバ先輩が事実上の再起不能で引退に追い込まれたのも、
そりゃ最早俺個人どころか人類の損失ですが……
とりあえず生きてはいてくれてるし、撃鉄戦隊の皆はじめ組織も無事。
しかもニカイドウさん、貴女っつー後任だっているじゃないですか。
この三ヶ月、貴女には本当に良くして頂いて……
俺自身は何ら、てめえを不幸だ不憫だと思ったことなんてありませんや」
「そうか……」
ユウトの言葉を受けて、ヒナミは頭を抱えた。
(さて、どうしたものかな……)
どうにも遠回しな言い方をし過ぎたせいか、ヒナミの"意図"がまるっきり伝わっちゃいねえ。
ストレートな言い方は倫理や法令順守の観点から悪手だろうと踏んで配慮を試みてたが……
(……もう少し、あとほんの少し、腹を括ってもいいだろうか……)
ニカイドウ・ヒナミは葛藤しつつも確信に至る。
『この想いにきっと、間違いなんてないんだ』ってな。
(そうだ……あの時の"彼"ではこうはならなかった……!
互いをより深く知り、より信じていたからこそ、
"更なる深み"まで踏み込んだのにもかかわらずっ!
挙句"彼"もそうだったから、
互いに話し合った上で"これっきり"にしようと結論を出し、"その通り"になった……
だが、ユウトくんは間違いなく違う……!
彼こそ紛れもない"最適解"……否、唯一絶対の"正解"なんだっ……!)
とは言え当然、加減を間違えてもいけねぇ。
意を決したヒナミは、
フグ毒とトリカブト毒を混ぜて実質無毒化するような、
そんな無理難題を実行するが如き覚悟で言葉を紡ぐ。
「……だがね、ユウトくん。
僕はどうにも納得できないんだ。
余計なお世話と思うかもしれないが……」
「"余計なお世話"だなんてとんでも御座いませんや。
寧ろニカイドウさんほど偉大でご立派な方にそこまで思い遣って頂けてるってのは、
個人的に大変名誉と考えてますんで、ええ」
「そうかそうか……であれば、そんな"偉大でご立派な"僕の厚意を、
まさかキミほどの"よくできた仲間"が無下にするわけはないと、
そう考えても問題ないだろうね?」
「随分と回りくどい言い方をされますなァ。
ええ、勿論それはそうですとも。
……"ご厚意"とやらが何かにもよりますがね」
「……!」
刹那、ヒナミは息を呑む。
(……いかん、これはいかんぞ。
つい焦る余り、表向きの身分差や、
ここが密室だってのを失念してしまっていた……!
いかん、このままでは余計距離を置かれてしまう……!
最悪ライホウくんの二の舞か、彼より酷い状況にも陥りかねん……!)
それは早速"加減"を間違えた
――より厳密にはかなり前から"間違えていた"――事実を悟ったからだった。
(お、落ち着くんだ僕……
彼の身になって考えろ……
そうだ。ここは一先ず……)
頭脳ん中を整理しつつ、
ヒナミは言葉を紡ぐ。
「……ごめんよ。なんだろう、
どう言えばいいのか、分からなくなってしまったが……」
「大丈夫ですか。ある程度なら待ちますが」
「……問題ない。四十秒あれば十分だ」
頭を抱えたヒナミが口を開いたのは、きっかり四十秒後だった。
「……いいかい、ユウトくん。
今から言うことは、司令官としての命令でも、
共に働く仕事仲間としての提案でもない。
キミに何かをさせようとか、そういう意図はないんだ。
そこを踏まえて、聞いてほしいんだけどね……」
「ええ、わかりました」
「……お互い、立場も肩書も抜きにして、
ただの"独りで居るのが上手すぎるヤツ"同士で、
もう少し話を続けてもいいかな……」
必死に絞り出した言葉だった。
さて、ユウトの返答は……
「わかりました。
お付き合い致しますよ、"ヒナミさん"」
紛うことなき"快諾"だった。




