ケース8:三代目が知るは死神の苦悩
場面は前回から引き続き防衛組織『セキガハラ』の執務室。
「ま、結局メイナとの関係もダメにしちまってちゃ世話ねぇって話ですがね」
「……」
明らかに自嘲気味なユウトの言葉に、
けれどヒナミは思わず押し黙る。
かつて起きた"ホンゴウ・ユウト争奪戦"を知る彼女は、
当然"勝者"の末路も知っていた。
(……『"元"セキガハラ技術部生体工学課研究技官クロカミ・メイナは
"元恋人"のホンゴウ・ユウトに引導を渡され死んだ』
それは無論紛れもない事実だが、
そもそも彼女はヴィランとの浮気に及んだ挙句自らの意思で怪人と成り果て、
組織ひいては社会そのものにさえ弓を引いた大罪人……
その時点でヒーローに殺害されたとて全くの自業自得であり、
ユウトくんはあくまで私情を捨て職務を遂行したに過ぎない。
だが恐らく、彼の中では違うんだろう……)
そう。
事実としてホンゴウ・ユウトって男は
一連の件についちゃほぼ十割被害者だってのに、
"浮気されたのは自分のせい"だし、
"殺したのも所詮感情任せの蛮行で、倫理的には悪行だ"と考えていた。
ある種の強迫性障害に近いだろうか。
他のどんな"悪事"をも大抵ある程度割り切り正当化できる狂人じみた精神性でも、
性癖度外視で愛し己の童貞さえ捧げた初恋の相手を自ら手にかけ殺したって行為を
"仕方が無かった"とか"公益性と正当性はある"、
"民衆を守る為に必要だった"などと言って正当化する気にはなれなかったんだ。
「ある意味では師匠……禍根ハンターが死んだ時よりショックだったかもしれません。
まあ元々正当性のない性差別とか嫌いなんで
"ミサンドリーのゴミどもをぶっ殺せただけラッキー"と考えて、
動ありの玩具レビュー動画見ながら飯食ってゲームして漫画読んで寝たら、
なんかそこまで引き摺らずに済んだんですけど……」
「何か問題でも?」
「ええ、大いに致命的な問題が発生しやがりましたよ。
心的外傷に伴う"般化"ってんですかねぇ、
メイナに近い体格のヤツへ無駄に強烈な嫌悪感や忌避感を抱くようになっちまったんです。
それも種族や性別問わず……
一時は同性愛絡みの単語でも気分悪くなったりしたぐらいで」
「逆に同性愛への嫌悪については克服できたんだな……」
「ええ、そこはどうにか。
この時代に性的少数者への偏見なんぞ持ってたら生き辛いっつーか、
あくまで悪いのは"自分とネオフェミニス党"だって言い聞かせてなんとか。
とは言え克服できたのは"そっちだけ"で、もう片方の~~……」
「胸や尻が控え目であったり、幼児的な体型への般化は克服できなかったと」
「ええ。方々で腕の立つ精神科医や、
果ては霊能者や魔術師、祈祷師や牧師なんかの神職までをも頼りました。
地球に限らず、別の星や異世界にだって行きましたよ。
恐怖症や強迫性障害みてえなのは実質治療できる時代になったと聞いてたんで……
嘗てメイナを苦しめたクズどもの同類になんぞなってたまるかと腹を括りました」
そこに来て、ヒナミは『やはりか』と改めて確信する。
察するにこの男にとって"愛が性癖を度外視した事実"は、
ある種の"呪い"になっていたんだろう、ってな。
(文明が如何に進歩し多種多様な種が入り混じる社会ができようと、
結局文明を担う知性体が種として抱えた
根本的な邪悪さや低俗で下劣な価値観はそう簡単に消えん……。
ならばクロカミ研究技官がその容姿や体型の故に
不当な偏見や差別に苦しんでいたのも想像に難くない。
そしてユウトくんは、クロカミ研究技官を心から愛する余り
彼女を"救わなければならない"、
"自分が彼女の救いにならなければならない"と、
使命感に囚われる余り精神を呪われたに等しい状態になってしまったんだろう……)
何ならチェルノボグモードへの移行過程を見るに、
ユウトの呪いはまだ解けてなんかいないんだろう。
(ある種ポルコ・ロッソの豚化が如き様相……
とは言え、彼の場合はより不自由な、
ともすれば自己に対する拷問と化しているわけだが……)
「けど結局、誰もが口を揃えて言うんですよ。
『手遅れだ。手の施しようなんてない』とか
『転生してもクローンを作っても揺るがないだろう』とかね。
地球人のみならず宇宙人や異世界人、
果ては神仏にまで相談して"それ"ですよ。
信じられます?」
「深刻だな……」
「あと言われたのは
『性癖そのものは罪じゃない』とか
『故人のことなんて気にしてたらキリがない』とか……」
「実に至極真っ当な正論だな。
加えて君への思い遣りも感じ取れる。
実際君を知るほぼ全ての者はその件に関して君に同情しているんだから、
どんな判断を下そうと余程の事がない限り批判はされないと思うがね」
「それ、バンバ先輩にも言われました。
なんなら怒鳴られた挙句殴られました」
「ああ、彼らしいな」
「ローレンツバスターで」
「ローレンツバスターで!?」
「それも銃口付近の尖った部分で」
「銃口付近の尖った部分!?
まさかライジングレールの先端で殴られたのか!?
あそこだともう殴るっていうより抉るとかじゃないか!?」
「実際頭から血が出て暫く気絶しちまって、先輩からは平謝りされましたね」
「よく無事だったな。
というか、普通なら被害届を出されてもおかしくないと思うんだが……」
「先輩との喧嘩が拗れて乱闘に発展するのはよくあったんで、今更でしたねそこはもう」
「……そう言えばそんな話もあったな」
「まあともかく、バンバ先輩のお陰で目ぇ覚めまして、
そっからいっそ開き直ってみたらですよ、
まあ余計に巨乳女人好きが加速しちまいましてねぇ……。
外野のバカが無駄に騒いだりとかで、
一時期色々めんどくせぇことになったんですけど」
「ともあれなんだかんだで巨乳嗜好に落ち着いた、というワケか」
「そんなとこです。まあ結局
"乳のデカい美人なの前提としてどんだけイイ女か"って感じですけど」
「ごく有り触れた価値観だなそれは。
……実に健全な、極めてオーソドックスな男子の価値観じゃないかな」
「だといいんですがねえ」
「そこは誇っていいと思うよ。
……と、すまないな。結構長々と話し込んでしまった。
迷惑だったろう? 何かしらの埋め合わせをしなくてはな……」
「いえ、構いませんや。
寧ろ腹割って色々話せたんでいい休憩になったくらいです。
埋め合わせだなんてとんでも御座いません。
もし義務感がおありってんなら、
是非とも新たなトップとして組織をよりよく導いて下されば、
それが一番の埋め合わせですんで。ええ」
「そうか。では、気を抜かず力を尽くさなきゃいけないなぁ」
「あのバンバ先輩が太鼓判押したほどのお方なら心配ないと思いますがね。
もし何かあったら、遠慮なく頼って下さい。
俺にできることだったら、大抵なんだってやらせて頂きますんで」
「……頼もしいな。もしもの時は、頼らせて貰おうか」
かくしてユウトは執務室を後にし、
この日を境に奴と奴を取り巻く環境にまた新たな変化が生じ始めるんだ。




