幕間:師匠と弟子
(思いの外時間がかかってしまったな……)
時刻は進んでその日の晩!
勤務先への報告を終えたソウキチは家路につく。
とは言えこのオッサン、元怪人って特殊な経歴の所為でフツーの暮らしは難しく、
よって住まいはセキガハラの協賛企業が職員向けに拵えた戸建ての一軒家だ。
「帰ったぞ~」
「あーら、お帰んなせぇおやっさん」
敷居を跨いだソウキチを出迎えるのは、
やけにゆるい絵柄のエプロンを身に着けた、十代中盤と思しき細身の男。
体格こそ有り触れた十代の男子って感じだが、
温厚そうな言葉遣いの割にやたら薄気味悪い雰囲気を纏ってて、しかも妙にガラが悪い。
ともすりゃ到底カタギには見えず、
或いはそれこそ人間に化けた怪人や魔物の類と言われても違和感はねえだろう。
だがそんなヤバげな見た目のこいつは実際ソウキチの同居人……
つまるところれっきとした『セキガハラ』もといヒーローの関係者なワケで。
「ああ、ユウト……態々出迎えてくれてありがとうよ。
その恰好……夕食を拵えていてくれたんだな?」
「ええ。学校帰りにスーパー寄ったら肉が安かったんで、牛丼を作ってみました。
おやっさんオキニの紅ショウガと七味が店頭に無かったのが心残りですがねェ」
上記台詞からピンと来た読者もいるだろうが、こいつの名はホンゴウ・ユウト。
セキガハラ傘下のヒーロー養成校に通う色々ワケありな十六歳で、ソウキチとは師弟関係にある。
……養成校にな、生徒はヒーローに弟子入りするって決まりがあるんだよ(同居までしてんのは結構少数派だけど)。
「いや何、構わんさ。丁度あの味にも飽きていたんだ。
何よりユウト、お前さんただでさえ料理上手だってのに、
特に肉料理は絶品だからな……
たかが紅ショウガや一味が変わった程度でどうこうなろうハズはあるまい」
「だといいんですがねェ……ええ、勿論今回も腕にヨリをかけて作りましたがねェ」
ソウキチとユウト。
互いに天涯孤独で特殊な生い立ちだからだろう、
二人の絆は並みのヒーロー師弟以上のモンで……と言って義理の親子って程親密でもなく、
精々"親友レベルで仲のいいオジキと甥っ子"ぐれーの関係だった。
「「頂きます……!」」
食卓を囲む二人。
ラーメン用の大ドンブリへガッツリ盛られた牛丼は、
モノ言わぬ無生物のクセに『我を食え! 我を味わえ!』と訴えかけんばかりの迫力。
そいつを力の限り頬張りながら、師弟は雑談に花を咲かせる。
「いや~、然し今回はまたエレェのにブチ当たったみたいじゃないですか。
等身大の時点で西表の大ウナギみてーな核ミサイルを何発もぶっ放すトンデモねえヤツだったとか?」
「あのミサイルが大ウナギ程のサイズかは知らんが、まあそんな所だな。
奴の性格からして核云々は誇張の可能性もあったが、
念には念を入れて"魂魄狩り"で打ち消さざるを得なかった」
「上の発表だと被害に遭ったオフィス街はマジに放射能汚染されてたらしいですし、
ともすりゃおやっさんの見立てはガチで的確でしたね~。
……それにしたってたかが木端ヒラ怪人如きの分際で、
おやっさんに"魂魄狩り"を使わすとは許せねェヤツですが」
怒りに顔を歪めるユウト。
聊か八つ当たりじみた言いぐさだが、当然それには理由があった。
というのも禍根ハンターの"魂魄狩り"は、
発動に際して使い手の命を削る諸刃の剣だったんだ。
「まあそう言うな。他にやり方が無かったんだ。
寧ろああいう相手にこそ使うべき能力だろう、"魂魄狩り"は」
「そりゃそうですけども……」
「何より、失った分の命は私が生きてさえいれば幾らでも取り戻せる。
組織謹製の薬を打って、栄養のあるものを食って、
楽しい思いをしてしっかり休めば元通りだ」
「はあ~……『どうせ回復できるんだから幾ら削ったって構わない』とでも?
まるで『掃除すりゃ綺麗になるんだから汚していい』みたいな言い分じゃないですか」
「……勿論無理をするつもりなんぞない。上層部からも注意を受けた。
『お前はもう"お前自身だけのもの"ではない。
そこをよく考えて行動しろ』とな」
「ええ、全く以てその通りですよ。
おやっさんときたら仕事となると途端にご自身を蔑ろにしちまうんだから……
そりゃ組織のお偉方だって文句の一つも言いたくなるでしょうよ」
程なく飯を食い終えた二人は、
就寝時刻までの間思い思いのひと時を過ごすワケだが……
「そういえばユウト、お前さん進路はどうするんだ。
先生方と相談はしてるんだろう?」
ふと、ソウキチは如何にも子持ちの親らしい話題を切り出す。
この時代、ヒーロー養成校に通う学生ってのは、
概ね十代の内に将来どんなヒーローになるかの方向性を決めておくのが普通なんだ。
と言って、概ね師匠の後を追うパターンが過半数を占めるがね。
「ええ、そりゃもう、当然"改造型"志望で……おやっさんの後を追わせて貰いますよ。
先生方もそれが最適解だろうってんで背中押してくれましたんでね」
「そうか……」
当たり障りのない返答をするソウキチだが、内心は不安で仕方なかった。
何せ"改造型"こと正式名称"体組織改造型"のヒーローってのは、
他より安定して高い能力を発揮できる反面、
身体構造的に事実上"人間をやめちまう"関係上
思いがけない無駄な制約を課せられたりってのがザラだからだ。
(とは言え、私に弟子入りしたなら確かに改造型を志願するのが普通か。
何よりこの子自身の経歴も考えるなら……)
結局、ソウキチはユウトの決断に異を唱えなかった。
寧ろ改造型としての在り方を説き、道を示し、教えを授け……
ヒーロー『禍根ハンター』として悪を討ちながら、
同時に弟子へ自分の持てる全てを託していった。
(……この力を私の代だけで終わらせるのは惜しい……。
誰の手に渡るかはわからないが、叶うならあの子の……ユウトの手に……)
で、ソウキチが託した中にはユウトの与り知らねえモンもあったワケだが、
それはそれとして……
(最早ここまでか……)
それから二年程過ぎた頃……
"運命の日"は唐突にやってきたんだ。