エピソード21:ヒーロー激昂編-湧出
場面は引き続き茶利尾半島の海岸霊園……
「え゛ほっ! え゛っほ! げぼっ!
げっほっ! あ゛っっ! ぐえぇぇっ……!
っがああっ……っづ、うぐぎいいいあああっ……だず、げでええ……!」
ユウトの発射した催涙剤入りペイント弾を顔面へ食らった食い逃げ犯は、
相変わらず涙や鼻水、涎も垂れ流しで咳き込みながら苦しみ悶えていた。
最早比較的端正な、ともすりゃサブヒロインぐらい狙えただろう美貌も台無し……
惨めったらありゃしねえ。
「ようクソガキ。改めて言ってやろう。
てめえの罪を数え、認めた上で投降しろ。
動機だ氏名だ、そんなもんは後でいい。
まずは罪を償う意思を見せろ。話はそれからだ」
「……つみ、を……みとめッ、つぐなえ、ですって……?」
塗料と催涙剤の地獄から抜け出したらしい食い逃げ犯は、
屈めた身をわなわなと小刻みに震わせながら起き上がり……
「なぁ~んだってこの私様がそんなコトしなきゃなんないワケッ!?
私様たちが何したって言うのよっ!?
下品で安っぽい料理しか出せない店なんて、代金払う値打ちないでしょうがっ!
そもそも私様たち"トリップル魔法少女隊"が店に来ること自体、
とてもとても誉れ高く栄誉あることじゃない!
本来なら私様たちの姿が見えたその時点で店を貸し切りにして、
賓客として丁重に持て成すのが飲食店の当たり前なのに
料金先払いだとかわけのわからないこと言って門前払いして!
そんな当たり前のルールさえ理解できない店、
この世に存在していていいハズがないのよっ!」
唐突にわけのわからねー主張をし始める食い逃げ犯。
余りに主張が意味不明過ぎるもんだから、
ユウトやヤギヌマは言い返す気にもなれず、
オクトメダリオン少年に至っちゃ困惑し過ぎた余り、
星空バックに目ン玉カッ開いた茶トラ猫みてえな間抜け面んなっちまってる。
「ふん、どうやら私様のド正論に何も言えなくなってるようね!
ザマァないわっ! 私様ったら正論しか言えないんですもの!
も、し、く、はぁ~~?
私様が言えば何でも正しいってトコかしら゛っばああっ!?」
相手の意図を見抜けもせずイキがる食い逃げ犯……
その顔面に二発目のペイント弾がぶち込まれる。
「……勘違いしてんじゃねえぞ、ガキ。
俺が黙ったのはてめえの発言が正論だったから、なんかじゃねえ。
そのツラがムカついて嫌な思い出フラッシュバックすっからだ」
「うっぐえあっがあああ~っ!
またなんか変なもの混ぜてあるでしょこの塗料~~~!?
目が痛いんだけど~っ!?」
「質問に質問で返すなら断れつっとろーが。
……丁度いい、制裁代わりにそのまま催涙剤で苦しんでろ」
「顔がムカつく……そんなにムカつく顔しとるか?」
「ああ、昔いた女優……
芸能界で誰よりこの俺を怒らせたクソによく似てんだワ」
苦しみ悶える食い逃げ犯を尻目に、ユウトは訥々と語り始める。
「紛れもなく優秀なヤツだった。伸びしろもあったハズだ。
激戦のオーディションを勝ち抜いて
革命的な名キャラを演じる大役を任され、
卓越した演技力と美貌をフル活用して演じた未来の名優……
そのクセ不倫疑惑やら未成年飲酒なんぞやらかして、
中途半端なタイミングで芸能界追放……
シリーズの墓標と言われた名作にてめえの糞をぶちまけた挙句、
諸方に迷惑かけた文字通りの面汚し……
そいつのツラがな、あそこで悶えてるバカになんか似てんだよ」
「……誰について言っとるのか察したわい。
そいつは我も知っとるし、確かに許せん奴だが……言う程似とるか?」
「ああ、よく似てるさ。
性別が同じだし、奴が表舞台に出てた頃と歳も近い。
序でに恐らく国籍や人種も同じで、
目と耳が二つずつ、鼻と口が一つずつあって、
直立二足歩行してて日本語を喋ってる。
しかも遺伝子的にも同種じゃねえか。
となりゃ、今この時の俺ん中に限れば奴らは瓜二つだぜ」
「……そうだのう」
ヤギヌマはユウトの妄言を軽く受け流した。
チームが違うとは言え同じ釜の飯を食った仲だけあって、
こいつの悪評はよく知ってたからな。
「ぎっ、ぐううっ……!
ゆる、さない……この私様に向かって、こんなマネっ……!
許さない許さない許さない許さないユルサナイユルサナイ
ユゥゥルッサッナァァァァァイ!」
「あ、あの~! お二方とも~!?
ご雑談に百花繚乱咲き誇らしておられるのは別段特段これといいまして、
速攻結構執行官特攻なんでございますがっ!
なんかあの食い逃げ犯のご婦人、
ウルトラハイパーヤバめな感じでございますよ~!?」
オクトメダリオン少年が取り乱すのも無理はなかった。
催涙剤入りの塗料を拭った食い逃げ犯は当然激昂……
炎とも水流ともつかねぇ青白いオーラを纏い臨戦態勢だったからな。
「そもそもあんたたち、何で私様がこんなとこに来たのか、
その理由なんてわかっちゃいないんでしょうね!」
声高に宣う食い逃げ犯の周囲に、卓球玉大の魔力球が次々形成されていく。
「あの小娘、よもや……」
刹那、ヤギヌマは食い逃げ犯の狙いを察知した。
元々魔術特化の怪人として設計され、
今や日本国内でも五指に入るほどの魔術師になった女の、
確かな知識と卓越した観察眼のなせる業だ。
「ホンゴウ、用心せい!
あの小娘の狙いは――
「死体、だろ?」
「……見抜いておったか」
「別に。お前ェさんの反応見て数秒遅れで気付いただけさ」
魔力球が次々生み出されていく中、
ヤギヌマとユウトは意味深に言葉を交わす。
「あの、お二方とも……一体何を話されているので……?」
「おっと、すまねぇなオクトメダリオンくん。
ハブるつもりはなかったんだが」
「まあ何だの、すぐにでも意味は理解できようて。
……念のため我が背後に隠れておれよ」
「はいっ、畏まりましたでございます……!」
言われるままヤギヌマの背後に隠れるゼータ少年。
一方一通り魔力球を生成し終えた食い逃げ犯は、
仰々しいポーズを採りながら声高に宣言する。
「フクロムシ―ドよ!
才能を無駄遣いした愚物どもに、我が手足となり働く栄誉を!
ハア~ッ!」
バラ撒かれた魔力球は一斉に方々へ散らばり、
荒れ果てた霊園の中でも"不自然なほど草も苔もない場所"へ飛んでいく!
"そこ"は石造りの豪奢な水槽……
ともすりゃ中に何が入ってるかは想像に難くねえ!
「リゾォォォセファァァァァランッ・バァァァァナクゥゥゥゥゥル!」
食い逃げ犯が呪文のような何か
――実態は"とある生物"の学名――を唱えると同時、
水槽の"中身"に入り込んだ魔力球は一斉に発光……
魔力がその身に浸透しきった無数の"中身"どもは一斉に"起き上がる"!
『ァァゥゥゥゥ……♥』
『ゥォォォォォ……♥』
『ッハァァァァ……♥』
『ンンンンンン……♥』
身をくねらせながら呻く"中身"が何かは、
最早説明するまでもねぇだろう。
「あれって、まさか……海峡兎族の、
ご遺体ってヤツでございますですか〜〜〜っ!?」
「如何にも。
死骸に魔力を注入し使い魔として使役する"屍術"の類であろうて。
……しかも海峡兎族を選ぶとはやりよる」
「と、仰いますのはっ……?」
「元より連中の血肉は地球生物からすると味が悪く、
加えてその身に充満する魔力が忌避剤の働きをするために、
死して尚虫もつかずカビも生えぬのよ」
「もっと言うと空気中に放置すっと半年足らずで魔力は抜けちまうが、
死体を海水に浸したり月光を当てっと、
それが十年や二十年は持つようになるらしい。
んで魔力の浄化作用は周辺の海水にも及ぶから年月経てもあの通りってワケだ」
「な、なるほど……それであんなに原型を留めてるんでございますね」
「……果たして本当に"原型を留めておる"かどうかは
どうにも議論の余地がありそうだがのう」
ヤギヌマの言葉を裏付けるように、
事実起き上がった海峡兎族の死体はゆっくりとだが確実に"変化"していた!
具体的には、如何に華奢で可憐とは言え間違いなく"男"だったハズの海峡兎族……
その身体がどういうワケか、明らかに"女"へと変貌を遂げていたんだ!
『繁殖ゥゥゥ……♥』
『生殖ゥゥゥ……♥』
『交合ォォォ……♥』
『性交ォォォ……♥』
放送コードに引っ掛かるか微妙なラインの単語を、
やけに湿っぽいトーンで連呼しまくる"変死体"ども。
最早エロいとかそんなん通り越してひたすら不快でしかねえ。
身体とかなんか深海のクラゲかってぐれぇ光ってるし、
その上単細胞生物や刺胞動物ばりに次々"裂け"たり"芽吹いたり"で増殖し続けやがってんだから。
しかもその増殖ペースがえげつねえのなんの……。
「何を長々ゴチャゴチャわけわからんことを喋り散らかしてやがるのよ!?
もし命乞いをしようってんなら無駄だと思いなさい!
この私様、カイデン・ヒトトキこと
"究極完全魔法少女フクロムシスター"の逆鱗に触れた以上、
あんたたちを待つのは最早絶望だけなのよっ!」
そんな如何にもヤバい"変死体"を率いながら、
食い逃げ犯ことカイデン・ヒトトキは威勢よく啖呵を切る。
とは言え、そんなもんが意味を成すワケもなく……
「ふん、安い挑発だなこの◯◯◯◯風情がっ。
法や倫理、てめえの背負った看板すらも軽んじ、あれっ?」
意気揚々と啖呵を切ろうとして、
然しユウトは困惑の余り言葉に詰まる。
「おん? どうしたホンゴウ、貴殿らしくもない。
このようなシチュエーションでは力強く敵を罵倒しつつ、
意気揚々と戦闘へ突入するのが貴殿のセオリーではないか」
「ああ、そりゃな。俺だってそうしたいよ。
ただなんだろうな、いきなり舌と声帯がヘンになっちまって……。
待ってくれよ?
行くぞ〜……
この、◯◯◯◯風情っ! ――あれぇ?
この◯◯◯◯風情がっ! ――なんでぇ?
◯◯◯◯っ! ――ダメだぁ……」
「……ホンゴウ、もうよいんではないか?」
「……いやまだだ諦めるなっ、
この◯◯◯◯っ! ――ちいっ、ダメだ今度は森しか言えてねぇ!
この◯◯◯◯がっ! ――おかしいなぁ……
この◯◯◯◯ぁっ! ――なんでだぁ……?」
「……もう諦めるべきではないんか?」
「繊月ながら、俺もそう思うでございます……」
「何言ってんだ。
こういう時こそネバギバ、
ド根性で乗り越えねーとだろっ。
よぉ~っしいくぞ~……
せーのっ、
◯◯◯◯!
◯◯◯◯!
◯◯◯◯!
◯◯◯◯!」
―(中略)―
「◯◯◯◯!
◯◯◯◯ッ!
◯◯◯◯ァ!
◯◯◯◯ァッ!
◯◯◯◯ァァッ!
◯◯◯◯ァァァッッ!
――クソッ! 駄目だどう足掻いても言えねぇ!」
親の仇より憎い相手の名を繰り返し口にしようとして、
けれど悉く失敗したからだろう、ユウトは怒りを爆発させ叫ぶ!
[It’s Good Rage]
(和訳:よき怒りです)
するとその刹那、邪悪な色をした稲妻が走り、
何やら黄金と黒に彩られた恐竜の頭蓋骨っぽい小物アイテムが、
やけに無機質で性別も不明瞭な音声を伴い現れる。
「……まさかこの程度の怒りに反応して来てくれるとはな」
[This is proof of your growth.
Be proud of your own progress]
(和訳:あなたが成長した証拠ですよ。
ご自身の進歩を誇りなさい)
「そいつァどうも……」
突如現れた謎のアイテムと対話するユウト。
当然事情を知らねえヤギヌマやゼータは呆気に取られるばかりだったが、
そんな二人などお構いなしにユウトは戦闘へ突入する。
「来なドライバー……」
[列席御礼♥]
「今回は久々にゲスト付きだぜ」
[Hey Mx.Krana Drivere, good to be here. Let’s do our best this time]
(クラナドライバーさん、宜しくお願いします。今回も頑張りましょう)
[協力感謝♥ 連携歓迎♥]
「テリテスターター、戦闘態勢に入るぞ」
[Sure. "Bracelet Mode" Setup]
(和訳:勿論です。"ブレスレット・モード"起動します)
ユウトが小物アイテム"テリテスターター"を左手首に宛がうと、
その底部から細長い帯が現れ手首に巻き付き固定される。
「……行くぜ、転身ッ」
[タナトスモード♥]
[Night Gived Birth Death. He's Nyx son]
(和訳:夜が死を産んだ。彼はニュクスの子)
クラナドライバーの中央へ左手首を翳したユウトは、
空いた右手でドライバーを操作……
その身は如何にも闇って感じのオーラに包まれ、
立て続けに邪悪そうな色の稲妻が迸りゃ、忽ち変身は完了する。
『……久々だな、この形態も』
今までになかったプロセスの変身。
それだけでも異質なんだが、
何より驚くべきはその姿で……
「な、なんじゃあの形態はっ……!」
「えっ、ヤギヌマ殿見たことないんでございますかっ!?
一族郎党ムジョウ殿マニアでごさられますのにっ!?」
「うむ、知らん……なんじゃあの形態……
見たことも聞いた事もない。
そもそも、曲がりなりにもあれがヒーローの変身形態なんか……?
あれでは、まるで……小型の怪獣ではないかっ……!」
ゼータ少年は元よりヤギヌマさえも度肝を抜かれずにいられねぇ、
ヒト型生物が変身するヒーローの原則を逸脱したような代物だったんだ。
昔『ドラゴンクエスト モンスターバトルロードビクトリー』ってアーケードゲームがあってさ。
私自身はドラクエノータッチだしやってなかったんだけど、
傍目からプレイしてる奴らの映像を見たりしてたんだ。
今回ユウトが伏字にめげず叫び散らかしてる場面は
そのゲームにある必殺技の演出(?)が元ネタなんだ。
シチュエーションとしては、
「ドラクエ4」から客演したクリフト神官が敵を即死させようと
血液凝固魔法の"ザラキ"を連発するも悉く不発に終わって、
痺れを切らし怒り狂った彼はザラキの上位版ザラキーマの発動に漕ぎ付ける、ってやつで。
となったらじゃあ、殺意の高ぶりで死の名を冠する強化を得るシチュエーションにはうってつけかなぁ~と。
なんせタナトスってギリシャ神話の死神で、
死そのものを神格化した存在とも言われるからね~。
果たしてそんなタナトスの名を冠するタナトスモードがどんな形態かは……
まあ、次回以後明かしていく予定なので……。




