エピソード19:ヒーロー追跡劇-亡都
場面は人気のない山道。
魔術師ヤギヌマ・シュカクと宇宙人のゼータ・オクトメダリオンを連れたユウトは、
大型二輪車ライドケルベルを駆り食い逃げ犯の追跡を急いでいたが……
「……ちっ、やっぱこの時期はクソドライバーが多いな。
あちこち混雑したり事故りまくってるせいで追跡が捗らねえ」
時期が時期なだけに追跡は難航。
事故や混雑を避けつつ食い逃げ犯を追ってたせいで、
予想外に時間がかかっちまっていた。
とは言え……
「いっそ今からでも大通りに出て、
何台か見せしめに焼き払ってやろうか……」
「はわわっ! ダメでございますよ!
どんな人でも守るべき市民には変わりないでございます!
ヒーローが市民を傷付けるなんて絶対ダメでございますよ!」
「オクトメダリオン候補生の言う通りぞ。
この時期はヒーローの緊急出動も多い。
衝動任せに被害を拡大させ同胞を悩ませるなどあってはならぬ」
「そりゃそうだけどさあ~」
「おお、さすがはヤギヌマ殿でございます!
その通りでございますよ! ヒーローは民を守るもの!
どんな民であれ傷付けていい理由なんてないのでございます!」
「如何にも。車を焼き払うなど実に言語道断。
精々魔術で車をモルモットに変える程度が妥当であろう」
「いやそれも大概ダメでございますよね!?
車をモルモットに変えたりしたら
運転してる皆様に迷惑がかかってしまうでございます!」
「ふむ確かに……ではヤギならばどうじゃろう。
欧米のリアリティ番組でな、
レギュラー出演者が部下のトラックを勝手に売り払い、
その金で山羊を買って持ち主に贈る話があってな」
「いや動物の種類の問題じゃないでございますよ!
っていうかなんでございますかそのハイパーとんでも悪質出演者は!?
いくらなんだってテレビでそれをやったら、
コンプラ違反どころの騒ぎじゃないでございますよ!?
もっとこう、車そのものを止めて交通安全を促すとかでないとっ」
「それもそうじゃな。
ではタンク内のガソリンを軽油に変えればよいな。
さすればゆっくりと、
事故にならぬ程度に車を止められる故に」
「いや大して変わってないでございますよね!?
結局車壊しちゃってるでございますよ!
なんでそうやって相手に害をなす方向に纏まっちゃうんでございますか!?」
それでも個性的な面々が三人も揃ってるからだろう、
道中は特に空気が淀んだりするようなこともなかった。
そして……
「……食い逃げ犯め。
イマイチどこ目指してんだかわからんかったが……
さては茶利尾半島の海岸霊園に向かってんのか?」
「ふむ、確かにこのまま進めば必然あの墓地に辿り着くか……」
追跡を続けるうち、
ユウトとヤギヌマは食い逃げ犯の目指す場所に目星をつけていた。
一方地球に来てまだ日の浅いゼータはというと、
聞き慣れねえ固有名詞にイマイチピンと来ねえようで……
「あの、すみません。
質問させて頂きたいのですが、
その……チャリオ半島の海岸霊園? というのは、
一体なんなのでございますか?」
「……ま、地球に来て日が浅くちゃ知らなくても無理ねえわな」
「所謂"現代日本史が負の遺産"に数えられし一つよ。
話せば長くなるが……」
「構わんだろ。目的地に着くまではまだ結構かかる。
これを機に地球の歴史について学んでおくのも悪くねえさ。
なあ、オクトメダリオンくん?」
「はいっ! まだまだ浅学の身でございますので、
是非とも教わりたいでございます!
何より大物ヒーローの方に歴史を教わるだなんて、
とてもラッキーで感動的な出来事でございますよ!」
「うむ、よい意気込みであるな。では語るとしよう……」
ヤギヌマとユウトがゼータに語って聞かせた話……
その物語は、地球どころか異星ですらない"異世界"から始まる。
「その昔、さる異界に海峡兎族なる知覚種族がおった」
「カイキョウト族、にございますか……」
「いかにも。兎の耳と尻尾を生やした地球人のような姿をしておってな、
月の光による魔術を基礎に、独自の文明を築いておったそうな」
「加えて言うと海峡兎族には男しかいねえ。
それも女みてえな見た目の、細っこくて華奢な美形の男だ」
「なるほど! 所謂"男の娘"と書いて
"オトコノコ"と読むアレにございますね!」
「なんだ、妙なトコで地球の文化に詳しいじゃねえか」
「はい! ストレイドのマツダ二尉に教えて頂きましたでございますよ!」
「……そうか。
ま、個体の性別が偏ってるってのも、
今や地球外知覚種族としちゃ然程珍しくもねえ特徴だわな。
んでそういう種族は概ね三つに分けられる。
クローンみてえなのを量産して増えるか、他の種族との間にガキを作るか、
さもなきゃ不老不死にでもなって繁殖をやめるか……
海峡兎族は二つ目のタイプだった」
「つまり、他の種族との間に子供を産むわけでございますね。
確かに俺も、そんな種族の話は聞いたことがあるでございますよ」
「海峡兎族はその手の種族の中でも特に変わり種でのう。
男しか存在せぬにもかかわらず、
遺伝子の近い他種族の男との間に子を産む特徴を持っておったのよ」
「……は? えっ? ちょっと待って頂きたいでございます……」
「困惑するのも無理からぬことなれど、紛れもない事実故にな。
海峡兎族は男にもかかわらず卵巣と子宮に相当する器官を持ち、
遺伝子の近い他種族の男と交わって子を孕むのよ」
「よ、世の中には色んな種族がいるんでございますね……」
ゼータは明らかにドン引きしていた。
まぁこいつは長寿な巨人型宇宙人の中でもかなりの若造……
地球人換算すると精々十四かそこらのガキなんで仕方ねぇわけだが。
「ヤギヌマ~、言葉選べよ~。
その言い方だと青少年には刺激が強いだろうよ~。
……魔術軸文明の常と言うべきか、
海峡兎族は恕想教って一神教を信じてた。
特定の姿を持たねえペンタオ・ギリって神を信奉してて、
信徒同士でのつながりを重視する反面排他的な気質でな。
加えて男しか生まれねえ自分達を正当化するためだろう、
種族単位で女嫌いを拗らせてて、
他種族の男は丁寧に扱うが女はまるで放射性廃棄物みてえに扱いやがる」
「それはよくないでございますね!
自分たちの種族がどうだろうと、安易に他の種族を悪く扱うなんて、
多種族共存も珍しくなくなった今となっては時代錯誤も"花々しい"でございますよ!」
「よくぞ言った。その通り、奴らは時代錯誤も"甚だしい"連中だ。
しかもそのスタンスをさも当然の如く公にしてやがった」
「加えて恕想教は兎角戒律が厳しく複雑でな。
種類単位で信者を選ぶのだが、連中はその教えこそ絶対の正義と信じ、
他の種族の信仰や価値観を全否定までしてきおった。
ともすれば必然、他種族の為政者らは怒り狂い戦争に発展……
程なく絶滅寸前に追い詰められ、故郷からの逃避を余儀なくされたのよ」
「なんというか……『アラレでこそあれ、どじょう掬いの土地はない』って感じにございますね……」
……多分当人は『哀れでこそあれ同情の余地はない』と言いたいんだろう。
地球の言葉は概ね殆どの地球外知覚種族にとっちゃ難しいから……。
「ま、同情の余地がねぇのは事実だわな。
さてまぁ、そんなこんなで元いた異界から逃げた海峡兎族は、
なんでか地球の日本、それも濃内下野場市って関西の地方都市に辿り着いた」
「コチゲノバ市……浅学なもので初めて聞く地名にございますね……」
「否、浅学とは言え知らぬのも無理からぬことよ。
何せ今や濃内下野場の地名は地図になく、
隣接しとった蛇道田市と羽鳴出市に吸収合併されてしもうたからの」
「そうなりますとまさか……
コチゲノバ市が地図から消えた原因と仰有い申し上げますのはっ……!」
「お察しの通り、海峡兎族だ。
より正確には海峡兎族と、
奴らにうつつを抜かし原住市民を裏切った市長だな」
地図から消えた関西の地方都市、濃内下野場市……
その街が壊滅に至った背景には、
余りに馬鹿げていて、何より胸糞悪いストーリーが秘められていた。
「濃内下野場市に降り立った海峡兎族の残党は、
当時の市長に接触……
カミさんや娘との関係が悪化してて、
水商売人にも雑に扱われた結果女嫌いになってた市長は、
美男だらけの海峡兎族を即座に気に入り、
奴らに市民権を与え政策として大々的に受け入れた」
「そんなっ!?
それはつまり、カンインなる行為でございますよね!?
許されざる大罪でございます!」
「姦淫とはまた難しい言葉を知ってるじゃねーか。
フツー浮気とか不倫とか不貞って言うぜ?」
「……不貞だけならまだ良かったのだがな。
市長めは海峡兎族の優遇政策を次々推し進め、
同時に原住の濃内下野場市民を不当かつ過剰に冷遇しよったのよ。
行政幹部は海峡兎族の色香に骨抜きにされ、
或いは魔術で洗脳され、軒並み市長の傀儡と化した。
以後の市政ときたら、目も当てられぬ惨状でな。
法規は海峡兎族への"配慮"が為に次々と訳の分からぬ形へ改悪され、
民衆より吸い上げたる血税も、
海峡兎族向けの珍妙で意味不明な施設等につぎ込まれ……」
「度重なる環境悪化に痺れ切らした原住市民は、
もうやってらんねぇと街を捨てやがった。
過疎化って言葉すら生温い程にな。
結局、納税者が居なくなって自治体は身動きが取れなくなり、
濃内下野場は廃止され蛇道田と羽鳴出に吸収合併されたワケだ。
当然、海峡兎族も軒並み死に絶えたよ。
濃内下野場奪還とかなんとか言いながら戦争起こしたが、
機嫌損ねたヴィランに目ぇつけられて皆殺しにされちまってな」
「なんという……」
「で、今向かってんのが茶利尾半島の海岸霊園……
正式名称は確か『ムーンライトメモリアルパーク茶利尾』だったか。
調子こいた濃内下野場市長が何十億とつぎ込んで茶利尾半島に建てた、
海峡兎族専用の集団墓地だよ」
「恕想教には
"遺体は新鮮な海水に浸し月光の当たる屋外に安置せよ"との戒律があるようでな。
地球でその通りに埋葬しようとなると、大がかりかつ複雑な装置が必要となる。
常識的に考えれば、そのような設備を伴う施設など、
設計や予算見積の段階で白紙化するのであろうが……」
「海峡兎族の言いなりだった市長は、
有無を言わさず強行してしまったのでございますね……」
「そうなるな。
結果として濃内下野場の廃止に伴い取り壊す運びとなるも、
何ゆえであろう工事は先延ばしにされ、
ただ出入り口が封鎖されておるだけと聞く……」
「なるほどでございます……。
しかし件の食い逃げ犯はなぜそんな場所に……」
「……幾つか仮説は立てられるが、真実は辿り着きゃわかる話だ。
幸いにも奴ァ動きが遅い。このまま国外に逃げられる前に捕まえっぞ……」




