エピソード18:ヒーロー邂逅編-熱望
場面は引き続き繁華街のレンタサイクル駐輪場。
「ちょっと待ったっっ!
お待ちくださいなので御座いますっ!」
背後から投げ掛けられた声に、一同は静止。
振り返ればそこにいたのは、
精悍乍ら未だあどけなさも残した風貌の少年。
普通なら無視するか雑に突き返す所だが、
少年が只者じゃないのを気取った一同は、その話に耳を傾ける。
「どうした、小僧」
「はい、誠に申し訳なくすみませんです!
皆様スーパー切羽詰まっててお忙しそうな中、
自分のハイパーご無礼お詫び申し上げると共に、
ゴッドな神対応感謝仰り申し上げますです!」
……実際その少年はある意味"只者"じゃなかった。
台詞の文面を読めば一目瞭然だろうが、
とにかく日本語がメチャクチャだったんだ。
ただ意味そのものは余裕で通るし、
ハキハキした通りのいい声からは
正義感の強さや心根の清さがありありと伝わってくる。
「その喋り……地球外出身者だな。それも地球歴は長くねぇと見た。
加えてイントネーションだけは完璧な辺りから察するに、
サークルヴァレー多元宇宙連合加盟惑星出身の、所謂"宇宙人"か」
「うえっ!? よ、よくおわかりましたでございますね!?
タコブネにも、あいや如何にもこの俺、
ご指摘して頂いた通りの存在でございまして……
――はうあっ!? た、大変申し遅れましてにござります!
我が名はゼータ・オクトメダリオン!
”ネオジェネス星系R2-2640”出身!
防衛組織"ストレイド"傘下で修行させて頂いておりますです!」
「ネオジェネス星系出身……つまりその姿は擬態か。
あの星系の知覚種族つったら概ね連合の中枢、
惑星ウルトランドのコスモタイタン族を始祖とする典型的な巨人型だからな。
成人ともなりゃ身長数十メートル、体重数万トンが平均なんだろ?」
「よ、よくご存じで御座いますね……
流石、セキガハラの花形ヒーロー、
"遺恨リーパームジョウ"殿でございますですね……」
「……やはり俺が誰か知った上で近寄って来たか。
しかもストレイド傘下で修行中……
となると、惑星外留学中のヒーロー候補生か」
惑星外留学ってのは……
まあ要するに宇宙規模の海外留学みてぇなもんだわな。
特に惑星間渡航を当たり前にこなせるレベルの種族が主導でやるのが一般的だ。
「はいっ! その通りでございますです!」
「……師匠はいるのか?
如何に長命な巨人型宇宙人とは言え、
お前ぐらいの歳にはどっかのヒーローに弟子入りするモンだろう」
「いえ、それが……
師と仰ぎお慕い申させて頂いてる方はおられるのでございますが!
俺自身の未熟さからでしょうかっ!
お師匠様からは
『弟子を取った覚えはない』
『半人前のヒヨッコならまだしも、四半人前の卵を温めてるほど暇じゃない』
と突っ撥ね返されているのが現状なのでございますよ~!」
「卵呼ばわりとは聊か辛辣だが……
それと俺に接触して来た件と何の関係があると?」
「はい、それについてなんですが……」
宇宙人ゼータがユウトに接触してきたのは、
当人曰く"学びのため"だそうだ。
憧れの師匠に弟子入りさせて貰えない現状を憂いたこの少年は、
熟考の末"自分が根本的に未熟だからダメなんだ"と結論付けた。
ともすりゃ地道に修行や特訓に励むのが最適解なように思えるが、
ことオクトメダリオン少年は憧憬と憔悴から"近道"を求めた。
「――それで俺は思い至ったんでございます!
地球の第一線で活躍しておられる超一流ヒーロー様の
メチャクチャカッコイイ戦いぶりを見て学びを深めればいいと!」
「……それで俺に目をつけたってか?」
「はい! 正直、全く完全な偶然だったのでございますが、
このゼンザイモチ食うのチャンスを逃したら次はないと思い
意を決してお声がけさせて頂いた次第でございます!」
「なるほどねぇ。
……ま、俺なんぞで良けりゃ同行するのは構わんが……
然し例の食い逃げ犯が思いの外厄介そうだからなあ。
揃って動きはノロいんで今からでも追い付くのは難しくねぇにしても、
相手は強力な攻撃魔術の使い手だ。どうにも流れ弾が心配でならん」
「そ、それは……!
俺だってヒーローの端くれ、一応実戦経験も無くはありません!
魔法使いの流れ弾ぐらいなんともないですよ!」
「……意気込みは結構だがなあ、オクトメダリオンくん。
世の中"絶対"はねえ。
統計学的に帰無仮説を棄却し"絶対"と言い切れようとも、
現実にある"確率"からは逃れられんのだ」
「げ、現実の、確率っ……!」
「もし仮に、恒河沙が一にでも君が負傷して、
ヒーロー生命絶たれるようなことになっちまったら、
その時俺はどうやったって責任を取れねえだろう……。
こんな中堅一人の判断ミスで、
宇宙平和を背負って立つかもしれねぇヒーロー候補生の未来を奪っちまうなんてよ、
それは全くもって最悪の出来事……まさに宇宙レベルの損失だと思わねえかい」
「……それは、仰る通りかもでございますが……
例えどんな危険が待ち受けてるとしても、
俺は前に進まなきゃいけないんでございます!
そうでないと、お師匠様に認めて貰えるかもわからない……
一生四半人前の"温める価値もないタマゴ"のまま逃げ出すなんて、
俺は真っ平御免の願い下げなんでございますですよっ!」
「……!」
ユウトは頭を抱えた。
このゼータって小僧はマジだ。
年相応に青臭く幼稚なのは否めねえが、
だからこそ純粋な熱意と真っ直ぐな志があると、
意識の根幹で本能的に理解せざるを得なかった。
(なればこそ、こいつは無碍にできん……。
この年頃のこの手合いは特に"納得"を優先すっからな。
俺がここで突っ撥ねて置き去りにしたとて、
こいつは自分なりに"納得"できるまで止まらねえだろう)
仮に"納得"できねえゼータが無理に動けば、
事態はより悪化し余計な被害が出る可能性すらある。
事実、早逝した若手ヒーローやヒーロー訓練生の死因は様々あるが、
過半数ほどは当人の独断行動に由来するようなモンだとするデータもある。
(連れて行くと負傷のリスクがあるが、
さりとて連れて行かなくても独断行動で自滅しかねねえ……か)
どうしたもんかとユウトが悩んでいた、その時……
「ホンゴウよ、何を躊躇っておる?
連れて行ってやればよいではないか」
さらりと言ってのけたのは、
丁度ユウトへの同伴が内定していたヤギヌマだった。
「ヤギヌマよぉ……簡単に言うじゃねえか。
こういうのにヒーロー候補生を同伴させんのがどれだけリスキーか、
まさかわからねえお前じゃねえだろう」
「無論理解の上であるとも。
然しホンゴウ、貴殿とて知らぬワケではあるまい。
成長には得てしてリスクやダメージが付き纏うもの……
安全を理由に訓練生を危険や脅威から遠ざけておっては、
ヒーローとは名ばかりの半端な役立たずを量産するのが関の山ぞ」
「それはそうだがなぁっ」
「何、案ずるでない。小僧の護衛と監督はこの我が引き受けよう。
オクトメダリオン候補生、貴殿もそれで構わんな?」
「は、はいっ! ご同行させて頂けるのでございましたら、
俺は何でも構わないでありますでございます!」
「わかった。なら同行を許可する。
……但し、見学するだけだ。それ以上の行動は認めん。
あと、そこなヤギヌマお姉様には絶対逆らわねえこと。
俺よかよっぽど大物だから下手すっとエレェ目遭うぞ」
「はいっ! 細心の注意をお支払いした上で、
絶対の忠誠を心がけさせて頂く所存でございますっ!」
「……そのように畏まらずともよいぞ?
我は自主性を重んじ褒めて伸ばすタイプ故にな」
かくして一同は、改めて食い逃げ犯の追跡に動き出す!




