エピソード12:ヒーロー回想録λ/鑑賞会伍乃巻-後編
一時間ニ十分も遅刻してしまった……
場面は引き続きバンジョウジ邸。
ユライ「"彼女"の名は"カンザキ・セツナ"……
今や希少種族となって久しい日本妖怪"雪女"の数少ない生き残りなのです」
ユライの口からさらりと発せられたのは、
妖怪"狒々"と化したクソ老害ニート野郎の"オヤマダ・ヒコテル"。
奴が洗脳し操ってる"やたら強い氷龍"の正体が、
事もあろうに日本妖怪の超絶希少種"雪女"の生き残りだったっつー、
俄かには信じ難い衝撃の事実だったんだ。
【――猿『ザッケンナコラァァァァ!
スッゾオラァァァァァ!』――】
【――ユウト『イィィィヤアァァァッ!』――】
【――猿『グワァァァァァァ!?』――】
ユカ「雪女の……」
タイセイ「生き残り、って……」
カイト「なんやねん、それ……」
ユメ「ちょっと待って、それは流石に理解が追い付かないんだけど」
ユライ「無理からぬことです。私もデータを参照した時は驚かされましたのでね」
タイセイ「でもさ、あのビジュアルで雪女は流石に無理がないか?」
ユカ「そうですよ。確かに妖怪って、
家族でも別の種族かってくらい姿が変わるとは言いますけど」
カイト「あらァ完全にドラゴンにしか見えへんで。
仮に雪女の血ぃ引いとったとして、
ドラゴンとのクウォーターかなんかちゃうんかい」
ユメ「でなきゃ……無理矢理変身させられた、とか?」
ユライ「アイザワさん、流石ですね。
他のお三方も正答ではないとはいえ見立て自体はお見事です。
いかにも彼女は体のいい戦闘用の手駒を欲したオヤマダにより、
洗脳と同時にあの姿に変異させられていたのですよ。
或いはあの姿こそ、
彼女がオヤマダの支配下にあることの証拠とでも言いましょうか」
【――猿『チキショオオッ! 行けでくの坊!』――】
【――龍『お任せ下さい御主人様』――】
【――ユウト『があああっ! めんどくせぇーっ!』――】
ユライ「……事実、本来雪女は伝承通りほぼ人間と大差ない風貌の種族です。
分類としては気象精と夢魔の形質を得た亡霊の一種であり、
常時一定の規格に基づいて保たれる容姿は一般的に美麗とされ、
身体能力は人間の平均を若干下回る程度、
体温調節が不得手で環境変化に弱いなどお世辞にも頑丈とは言えません。
然し彼女らがその身に宿す神通力は他のあらゆる欠点を補って余りある程に強大であり、
アジア圏を原産とする冷気・氷雪系の能力を持つ種族としては
事実上最強格との呼び声も高いそうで……」
……じゃあなんでそんな雪女が絶滅寸前かってぇと、
そりゃーもう話せば長くなるような色んな事情があるんで今回は端折る。
カイト「ゆーてよぉユラっさん、
雪女ちゅうたら希少種認定された頃からどんどん保護政策が進んどって、
今では専門機関が管理しとる特別保護区で生活しとるやないか」
ユカ「そうですよぉ~。
確か希少種族特別保護区ってセキュリティが死ぬほど厳重で、
そもそも異次元空間にあるから気安く出入りできないじゃないですかっ」
ユメ「まあ一応過去に何度か雪女の生き残りが保護区の外に出たことはあるみたいだけど~、
基本的に二十四時間体制で厳重に監視されてて、
常に一個大隊規模の護衛が付き纏ってたんでしょ~?」
タイセイ「しかも申請にだって結構な手間と時間がかかるし、
何なら保護区は物凄く環境が整ってるから雪女さん達も満足してるしで、
脱走なんて有り得ないって聞いたことがあるんだぜ」
ユライ「ええ、皆さんの仰る通りです。
と言いますのも、調査によればカンザキ女史は
長らく地球で暮らしていたそうでして……」
四人「「「「」」」」
ユライの口から出た衝撃の言葉に、再び一同は絶句する。
俄には信じ難いが、それもまた徹底した調査の末明らかになった紛れもない事実……
雪女カンザキ・セツナは生後何十年もの間、妖怪としての正体を隠し続け人間社会に溶け込みながらひっそりと生き続けていたんだ。
ユライ「成人後大学を卒業した彼女は程なく学生時代からの恋人と結婚……
以後はとある賃貸マンションで暮らしながら専業主婦として家庭を支えてきましたが、
ある年に旦那様が急逝……生来人付き合いが苦手だった彼女は細々と一人で暮らしていたようです」
貧しいながらも平穏な生活を送っていたカンザキだったが、その日々は長く続かなかった。
貧困から来る家賃滞納と地上げのせいでマンションを退去せざるを得なくなり、
追い詰められた彼女は地上げ屋に言っちゃならねぇ言葉を発しちまう。
要するに『何でもするので勘弁して下さい』ってヤツだ。
ユライ「地上げ屋は組織ぐるみでオヤマダにこき使われていた暴力団の構成員でした。
オヤマダを心底恐れていた彼らはカンザキ女史が容姿端麗であるのに目を付け、
安易にも彼女を奴に"献上"したのです」
とは言え膨れ上がったプライドから"買った女を抱く"のを良しとしなかったオヤマダは、
カンザキが雪女の生き残りと知ると、純粋な戦力にしようと画策した。
ユライ「然しカンザキ女史は極端に内向的で臆病な性格……
加えて雪女の常として強力な冷気系の神通力を持ちこそすれ、
身体能力は種族的な平均すら下回っており到底戦闘には向きません。
そこでオヤマダは配下に命じ、カンザキ女史を戦場で運用する方法を模索させました。
結果辿り着いたのがマジックアイテム"毒龍の手綱"だったのです」
ユカ「毒龍の……」
タイセイ「手綱……」
ユメ「って、ナニ……?」
カイト「名前からして如何にもロクでもない代物なんは察せるが……」
ユライ「実際ろくなものではありませんよ。
異世界"ナルディアル"の歴史に悪名を轟かす大国
"ムナカタス帝国"によって開発された腕輪型の軍用魔術兵器です」
【――龍『カッッ』――】
【――ユウト『うおおっ!? 危ねえっ!
クソッ、かくなる上はっ!』――】
【――猿『あっ! オイコラクソガキィ!
勝手に逃げんじゃねえっ!』――】
ユライ「効果は極めて単純明快、対象を爬虫類型の大型魔物……
即ちドラゴンへと変異させ支配下に置き、
自在に使役できるようになるといったもので。
変異後のドラゴンは素体の性格や能力に紐付けられた固有能力を獲得し、
必然的にその生命力や戦闘能力は飛躍的に向上します」
タイセイ「つまり雪女をドラゴン化させれば、
そりゃあんなバカ強い氷の力も身に着けちゃうワケだぜ……」
ユライ「ええ、間違いありません。
帝国はこの兵器を用い、敵国の捕虜や、
本来であれば兵士に向かない老人・子供・傷病者等の自国民を
実質的な生体兵器として運用していたそうです」
カイト「うへえ~……流石戦時中の異世界、えっぐい真似するやんけ。
然しわからんなあ。
そない異世界のとんでも兵器、
あのオヤマダ如きが手に入れられるもんなんかいのぉ」
ユライ「簡単ではないでしょうが、
類似した物品に比べれば遥かに入手しやすいでしょうね。
ドラゴン化させ使役可能な対象は"手綱"一つにつき一体の制約こそありますが、
帝国は最初期の段階で極めて効率的な量産体制を確立していたようですから……
最終的に帝国が製造した"手綱"の総数は、
一説には十数万或いは百万以上とも言われています」
ユカ「け、桁が違い過ぎる……!」
ユライ「もっともその後帝国は戦争に大敗を喫し滅亡、
"毒龍の手綱"も殆どは破壊・押収されましたが……
地球含む異世界をも巻き込んだ戦乱の余波が産んだ混乱により、
少なくない数の"手綱"が各地に散らばってしまったようで……」
ユメ「あーなるほど、それで地球にもね……。
そりゃ極道が血眼になれば運よく手に入れても不思議じゃないわ」
次々と明かされていく真相……
そして一方、記録映像の方の戦いもいよいよ決着を迎えようとしていた。
【――ユウト『うおらっ! シャッ! でぇぇいっ!』――】
【――猿『クソガキがぁぁぁっ! 何時まで逃げ続けるつもりだコラァ!
オイッでくの坊! しっかり"溜めとけ"よっ!
イイ感じのタイミングで確実にブチ込んで絶望させてやれ!
ムダに撃ったら許さねえからな!』――】
【――龍『お任せ下さいませ御主人様』――】
水都の暗殺鮫で逃げるユウトを、
カンザキ同伴で追いかけるオヤマダ。
一見すると圧倒的不利を悟ったユウトが命惜しさに敵前逃亡したみてぇな絵面で、
実際オヤマダはそう確信し、
だからこそ相手を徹底的に追い詰め絶望させ惨殺してやろうと画策していた。
……だが当然、そこにはしっかりとした意図があったワケで……
【――ユウト『っし! 着いたかっ!』――】
放水と瞬間移動を繰り返しユウトが辿り着いたのは、
事件現場から十数キロほど離れた防波堤だった。
【――猿『よぉ~クソガキィ~! 追い詰めたぜぇ~!
てめえ、こんなトコへ逃げ込んでよぉ~!
一歩先は海! 行き止まりだ後がねえ!
つまりてめえはここで俺様に殺されるってこったあ!
てめえを待つのは無様な死だあ!』――】
【――ユウト『……お前がそう思うんならそうなんだろうよ、
お前ん中だけに限ってはなァ……』――】
【――猿『けっ! 強がりやがってダセェんだよ!
追い詰められたら本気出すタイプだってか!?
背水の陣で覚悟挑むってかぁ!?
時代遅れなんだよクソガキ!
そんな風に気取ってほざいてる奴ぁ、
結局何をやろうと上手く行くことはねえ!
長く生きて来た俺様にはわかる!
上手くやる奴ぁそもそもしくじらねぇ!
勝つ奴ぁそもそも追い詰められねえってなあ!
背水の陣だの奇跡の逆転勝利だの、
そんなもんはアニメん中だけの幻想に過ぎねえんだよ!』――】
【――ユウト『随分と饒舌じゃねえか……時間稼ぎのつもりか?
俺を殺すってんならとっとと殺っちめえばいいだろ。
……さる探偵に曰く「男の仕事の八割は決断だ」ってんだからよ。
殺すと思ったんなら、騒いでねえでとっとと行動しちまえばいいだろうが』――】
【――猿『ほざけっ、軟弱モンの令和野郎がっ!
てめえこそそうやって時間稼ぎして、
得意の水中戦に持ち込もうって魂胆なんだろうがそうはさせるかっ!
「男の仕事の八割は決断」だあ?
どこのバカだそんな戯言ぬかしてんのはっ!
激動の昭和を生き抜いた俺様に言わせりゃ、
男の価値ってのは「如何に女にモテるか」で決まる!
それ以外の事はどうでもいいのさ!
幾ら勉強できようが、
仕事できて金を稼げようが、
腕っ節強かろうが、
そんなもんに意味はねえんだ!
女にモテときゃ全部どうにでもなるからな!
男やガキやジジババなんざほっときゃいい!
結局は女! 女なんだよ!
それが昭和に学ぶ男の必勝テクってヤツだ!』――】
【――ユウト『……何が「昭和に学ぶ男の必勝テク」だエテ畜生が。
てめえの言うそりゃ平成のクソアニソンのネタじゃねえか。
衆道家気取りのクソジジイに飼われてた男娼どもの歌引用しといて、
「男やガキやジジババなんぞほっといて女だ」とはよくぞ言ったモンだ』――】
【――システム音声[葬儀開催♥ 海洋葬-プレミアムプラン♥]――】
ユウトがベルトを操作すると、
海の方へ向けられたフォルネウスハルバードの先端を起点として海水が集まっていく。
【――猿『へっ、またわけのわからねえことを言いやがる!
オイッでくの坊! 特大の光線をお見舞いしてやれ!』――】
【――龍『承りました御主人様……スハァァァァァ……』――】
対するオヤマダはユウトの意図を察しもせずカンザキに命令を下し、
主命を受けたカンザキは開かれた口腔内に神通力を集束させていく。
身に纏う冷気はより強烈に濃さを増し、
周りの空間そのものを氷漬けにしかねねぇ勢い。
ともすりゃユウトも追い詰められたか、と思いきや……
【――ユウト『……好都合だ』――】
ここまでユウトにしてみりゃ、全く狙い通りの展開だったんだ。
そして……
【――猿『オイッでくの坊! 何ちんたらしてやがるとっととあのガキ凍らせちまえ!
トドメは俺がやるっ! 殺すんじゃねえぞっ!』――】
【――龍『承知致しました、御主人さ』――】
【――ユウト『ッらぁぁっ!』――】
オヤマダに急かされるまま、
カンザキは予定より早くユウト目掛けて冷凍光線ブレスをぶちかまそうとする!
だが集束した神通力が光線の形を成すより早く、
ユウトはフォルネウスハルバードを振り下ろす!
【――猿『へっ、何をバカなことを』――】
……刃の間合いでもねーのに斧を振るユウトの姿は、
傍目から見る分には滑稽だったろう。
実際少なくともオヤマダはそう信じて疑わなかった。
だが……
【――猿『なあっ!?』――】
直後、ヤツは目玉が飛び出し顎が外れんばかりに驚かされた!
なんせユウトが振り下ろした斧の先端には、
カンザキの巨体さえすっぽり収まりそうなほどに巨大な海水の塊ができていたんだからな。
【――ユウト『てめえが凍っとけ……!』――】
振り下ろされた斧に"投擲"された海水塊は、
そのまま勢い良くカンザキに直撃し炸裂!
青白い龍の美麗な巨体をすっぽりと覆い尽くす……
【――龍『 』――】
となるとその直後の展開は言うまでもねぇだろう、
カンザキを覆い尽くした膨大な海水はヤツの身に纏う強烈な、
概ね氷点下百度前後の冷気でもって瞬く間に氷結……
皮肉にも、自分の神通力で氷漬けになり動けなくなっちまったんだ。
氷は分厚い。如何に屈強なドラゴンといえど、指どころか瞼すら動かせねえだろう。
【――猿『……チキショオオオオオオッ!』――】
当然オヤマダは叫んだ。
大気を震わせ喉を痛めんばかりのそれは、
ヤツの意識が憤怒と憎悪に支配されてるのを如実に物語っていた。
【――猿『チキショウッ! チキショウッ!
チキショウチキショウ!
チキショウがあ〜〜っ!
この役立たずのウスノロめがっ!
肝心な時に自滅なんぞしやがって!』――】
【――ユウト『……これで残るは実質てめえ一匹だジジイ。
どうだ、死ぬ覚悟はできたか?』――】
【――猿『死ぬ覚悟〜〜!?
死ぬ覚悟だと、このガキッ!?
誰がするかよ、そんなもんっ!
てめえがしとけクソッ!』――】
言うが早いか、オヤマダは左手をこれ見よがしに見せ付ける!
その手首には、何とも邪悪で禍々しいデザインの腕輪……
即ちまさしくカンザキ洗脳の根源"毒龍の手綱"に他ならねえ。
【――ユウト『やっぱその死ぬほど似合ってねえ腕輪か。
てめえがその龍にパワハラする度発光してたが……』――】
【――猿『おうともよ!
このクソダセェ腕輪がある限り、あのバカ雌は俺様の言いなりよ!
例え何があろうと俺様の命令を絶対に遂行するっ!
つまりてめえ如き令和のカスが何をしようと、
最強すぎる昭和の俺様を止めるには至らねえってこった!』――】
(猿だけにか)地上げ屋宇宙人にキレる最強下級戦士の如き仰け反りポーズで、オヤマダは叫ぶ。
【――猿『オラァッでくの坊! 仕事だ働け!
どうせてめぇ生きてんだろッ!
そんな氷なんぞさっさと突き破って出てこいテメェ!』――】
【――ユウト『チッ……!』――】
最悪の事態を想定し、ユウトは警戒し腹を括る!
その心中を言い表すなら概ね
『不本意だが最悪の場合、"霊魂刈取"を使わざるを得ねえか』の一言に尽きた。
というのも恩師禍根ハンターの形見でもある件の能力、
確かに前身"魂魄狩り"より高性能で
洗練された発展形・上位互換ではあったものの、
それでも思いがけねぇ欠陥を抱えてて本家とは別ベクトルで扱いに悩む代物だったんだ!
何よりその"欠陥"を抜きにしてもこの"霊魂刈取"って能力、
必然生物に使えばそうそう消えない傷を残しかねず、最悪は殺しちまうリスクもある!
仔細は知り得ずともオヤマダの口ぶりと全体的な雰囲気から
カンザキを"救うべき被害者"と推定したユウトは、
原則彼女に魂魄刈取を使っちゃならねえと決意を固めていた!
何ならさっきの『海水の塊をぶつけて氷漬けにする』って作戦からして、
この哀れな妖怪女を可能な限り傷付けずに無力化し、
オヤマダだけを確実に始末すべく考え抜いた、
いわば切り札じみた決死の作戦でもあった!
よってユウトとしちゃ、
引き続きカンザキと交戦するのは色んな意味で避けたかったワケだが……
【――氷塊「 」――】
【――猿『……あぁ?』――】
【――ユウト『なんだ……?』――】
氷漬けになったカンザキが動き出すことはなかった。
っていうか何なら、氷の中からカンザキの姿自体が消えちまっていたんだ。
そして……
【――猿『ど~ゆ~こったあっ!?
何が起こったっ!? なんで動かねえあの穀潰し!?
てかなんで消えてんだよあのバカ雌はっ!?
何だってんだこんちッ、ッッぎいいいいいっ!?』――】
騒ぐオヤマダの左上腕が唐突に軽くなり、直後とんでもねー激痛が走る!
【――猿『うっぐおおごあああああっ!
なんだあああっ! 手、っが……ああっ!?
う、っ、手えええええええっ!?』――】
一体何事かと確認した猿は、信じ難い光景に驚愕する。
【――猿『なんでっ、俺様のっ……!
俺 様 の 左 手 が 、
無 く な っ て ん だ あ ~ っ っ ! ? 』――】
そう、なんとオヤマダの左手は、
丁度"毒龍の手綱"を装着した手首より指の二、三本分後ろの上腕から先が、
キレイさっぱり切り取られちまっていたんだ!
【――ユウト『なんだ……誰があんな真似を……』――】
これには当然ユウトも思わず困惑せずにいられねぇ!
と、その時!
【――謎の人物『ふ は は は は は は は ……』――】
どこからか響く、中性的でハスキー気味な女の笑い声!
【――謎の女『エテ公くん、お前さんが探しているのは……
もしかしなくてもコイツかい?』――】
声のした方に目を向ければ、
そこにはメカ風味で蜘蛛っぽい灰白色のパワードスーツを纏った謎の女が、
切断し奪い取ったらしいオヤマダの左手を片手に得意げに佇んでいた。
【――ユウト『貴女は……!』――】
ユウトは女と面識がありその正体を知っていたが、
一方オヤマダはその女についちゃ一切知らねえ。となりゃ……
【――猿『てめえコラ! このメスブタァ!
よくも俺様の、多くの女を満足させてきた左手をっっ!
つーか、誰だてめえはっ!?』――】
必然こう叫ばずにいられねぇワケで。
さて、対する蜘蛛パワードスーツ女の答えはというと……
【――蜘蛛パワードスーツ女『……お前さん如きに促されるのはチョイと、いやかなり癪だが……
さりとて一国一城の主たるモノ、
悪党相手でも礼儀は欠かせない……
フム……
盟友への恩返しに馳せ参じた女、アラクネイサン!』――】
どっかで見たようなポーズで、
どっかで聞いたような名乗りを上げる蜘蛛パワードスーツ女ことアラクネイサン!
……詳細は省くが、当然この名前は戸籍名じゃねーし、
何なら彼女は地球人ですらねぇ。
【――猿『な~にぃ~!? アラクネイサンだと~!?
ふざけた名前しやがってッ、クソ~~~!』――】
【――ユウト『ヴェナトリア女王陛下!? 何故地球に!?』――】
【――アラクネイサン『おっとぉ~……なんとも辛辣な反応が返って来てしまったな……。
まあ何だ。詳しい話は後にして……
今はただ状況改善の為に尽力しようじゃないか。
どうする死神二代目?
このオレがそこのエテ公くんからオモチャを取り上げた以上、
もうあの怪物が襲ってくることはないが……まだ手助けが必要かな?』――】
【――ユウト『そうですね……ではお言葉に甘えさせて頂きましょうか。
とりあえずこいつは自分が始末しますんで、陛下は』――】
【――アラクネイサン『ああ~、皆迄言わずともわかっているさ~。
あの怪物……否、"可哀想なお嬢ちゃん"を助けるとしよう。
セキガハラの本部に預ければいいかな?』――】
【――ユウト『はい! お手数かけちまいますがお願いします!』――】
【――アラクネイサン『構わんさ。若者の手助けは年寄りの義務、だからねぇ~』――】
【――猿『おいてめえこのメス! そうはさせね』――】
【――ユウト『オイ畜生よそ見すんなァ』――】
【――猿『ぐぎゃああああっ!?
て、てめえクソガキ!
傷口に水ぶっかけんじゃねえ痛えじゃねギャアアアアアッ!?』――】
【――ユウト『ただの水じゃねえぞ~、海から吸い上げた海水だぁ~
魚のクソやら死骸から溶け出した、雑菌たっぷりのなぁ~!』――】
【――猿『余計やめろグギイイエエエエエエエ!?』――】
斯くして突如乱入してきた女性ヒーロー"アラクネイサン"こと
女王ヴェナトリアによって、元の姿に戻ったカンザキは救助された。
【――猿『ケエッッ! クッソ、ガキイッ!
令和世代のゴミの癖して、よくも俺様の邪魔を~っ!』――】
【――ユウト『うっせぇ老害……
てめえのやったことを考えりゃこの程度まだ生温い方だろうが。
つか俺の生まれは令和じゃねえ、平成だボケェ……』――】
【――システム音声[フューネラル・ストライク♥]――】
フォルネウスハルバードの柄に備わるボタンを押したユウトは、
腕を押さえ蹲り、苦しみながら啖呵を切るオヤマダに狙いを定め、
斧を振り上げ必殺技の構えを取る。
【――ユウト『無駄に歳ばかり食っただけのガチ老害めが、
てめえなんぞ陸棲生物やるには未熟が過ぎる……』――】
【――猿『うるせえ~! 俺様は! 俺様は昭和生まれだぞっ!
高齢者だぞ! 国の宝だぞぉぉぉ!』――】
【――ユウト『しょーがねーな、慈悲をくれてやる。
いっそ"海から"やり直して来いやァ!』――】
【――猿『ショオワッギャアアアアアアアア!?』――】
振り下ろされた斧……
加速のついた肉厚の刃は、
細長いばかりで存外貧相なオヤマダの巨体を、
悉く容赦なく、実にあっさりと叩き割る。
【――猿『あぁが、ぐぎいいっ……!』――】
主要臓器を軒並み破壊されりゃ当然致命傷……
倒れ伏し苦しみ悶えた猿の化け物は、
死に際一瞬痩せこけた醜い人間の老人
――まさに妖怪"狒々"と化す前の
本来の"オヤマダ・ヒコテル"としての姿――に戻ったかと思うと、
一気に無色透明な水と化し跡形もなく崩壊……
重力と傾斜に任せ、海や水路に流れ落ちていく。
【――ユウト『……「年寄りは国の宝」だと……?
確かにそうだなぁ。そりゃ間違いねえ。
そりゃ実際、間違いなく真理だろうよ。
けどなあ……』――】
【――システム音声[葬儀閉式♥]――】
【――ユウト「マジで宝扱いされる年寄りは、
十中八九それを"自称しねえ"んだ……」――】
かつて悪行三昧で好き勝手に生き続け、
紛れもなく"支配者"として振る舞っていた邪知暴虐の老人は、
今や自分の行き先すら決められない、
ただ流れに従うだけの液体と化す末路を辿ったんだ。
【――ユウト「極論、"国の宝"ってなァ"他人から貰う肩書き"で……
てめえで名乗った奴にはもう、そうなる価値すらねえんだよ」――】




