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チビ  作者: チビ
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はじまりの歌

第四話 遠雷

ツンが駐在の走り去って行った方向に鼻を鳴らすと、

遠くで遠雷が聞こえると、俄かに雨足が強まっていた。

大きな雨粒が激しさを増す中で、山猟師の親方と婆さまが同時に「ツン早う中に入ろうと」声を掛けてると、それでも何かを気にして頭を上げて耳を澄ませているツンに『駐在のことを気にしてくれとるんじゃろうが、駐在にしたら慣れた道じゃろうから、そないな案じてやらんでもええぞ」婆さまに強く促されて、ツンは2人に招き入れられるように集会所の中に入り、

玄関の床の上で行儀良く座ると、

婆さまと親方に座敷の中へと促す様に、「くう〜ん」と中の方を見て鳴き声を出した。

そして2人が集会所の座敷へと入っていくのを見届けると、再び玄関の中から外へと耳を澄ませていた。

その時、菊之丞を乗せた車も307号線から八日市市内に入り、

八日市インターを目指していたが、俄かに雨足が強くなり、

それと同時に後ろから走っていきたトラックが煽る様に車間を詰めた走って来ると、いつもは冷静で安全運転重視の橋本が、

焦りを覚えたのか、車のスピードを上げた。

そんな橋本の焦りを東雲が敏感に察したのか、

「橋本さん、焦りは禁物ですよ。安全運転で行きましょう」と

落ちついた声で声を掛けたが、その声に被せよるに武田が、

「安全運転も大事ですけど、今は早くも大事ですよ!」と

続けて来た為に、その言葉に「はい、はい」と返事をしながら頷いた橋本が、再び八日市インターの入り口を見逃してしまい、政所の村がある永源寺の方向へ車を進ませてしまった。


再び市街から外れてどんどん街灯の少ない道へと進んでいくことに、車内は再び不穏な空気に包まれていた。

終始イラつきを見せる武田が「またインターの入り口見逃したんじゃありませんか?どんどん田舎道に入っていくじゃありませんか?!」と声を荒げると、武田を宥める様に東雲が、

「ここでイラついたところで何も始まりませんよ。

 それじゃなくとも不案内な道を運転して下さっているんです

 から…。」

武田「東雲は甘すぎるんですよ!不案内な道だからこそ

   間違いなく安全に運転するのが運転手の役割じゃ

   ありませんか?

   いくら東雲さんが見込んで菊之丞さんのお抱え運転手に

   した人だってね。ミスはミスですよ」と

ますます声を荒げていた。

そんな車内の中で運転手の橋本はひたすら恐縮しながら、

なんとか現在地を確認しようと、道路標識がないかと首を伸ばしていた。

そして、少し開けた場所が前方に見えた時に、

急に大きな稲光が夜空に光り、

その光りによって、その開けた場所にしめ縄が張られた杉の大木が唆り立っている場所に差し掛かった時に、

それまでずっと沈黙していた菊之丞が急に声を上げた。

「止めてください」

その声に橋本がブレーキをかけて車を止めると、

菊之丞以外の3人の男がほぼ同時に「どうしたんですか?」と

菊之丞の方に顔を向けた。

そんな3人に菊之丞が「何か、何か、分かりませんが、

今、誰かの声がしませんでしたか?」と、

張り詰めた様な表情で問いかける菊之丞に3人は3者3様ながらも「何も…」と返したが、

それでも菊之丞は「いいえ、やっぱり聞こえます。

私はここにいると…ここにいるんだと」

そう言うと、周囲が止める間もなく菊之丞は車外へと飛び出して行き、再び暗闇を切り裂く稲光に照らし出された大杉の下へと一直線へと走って行った。

そして、その大杉の下に白い産着に身を包まれて、

産声の様な泣き声を上げる赤子を見つけた。

余りのことに一瞬身を強張らせた菊之丞であったが、

再び強まってきた雨に晒される赤子の姿を見ると、

その雨を自らの身で遮る様に赤子の前に跪き、

その赤子を抱き上げ、濡れない様に自らの羽織りの中へと

抱きくるんで、再び車の方へと走り去って行った。


その時、菊之丞は気が付かないでいたが、その様子を杉の大木から少し離れた場所から、そっと見つめる黒い影はひとつあった。しかし、その影は菊之丞の後を追うことなく、そっと再び木の茂みの方へと身を潜めると、菊之丞とは別の方向へと走り去っていく、もうひとつの影を追うように消えていった。


そんなこととは知らない菊之丞が赤子を抱えて車内に戻ると、

再び車内は大騒ぎになっていた。

もちろん一番最初に口火を切ったのは武田で、

「なんてものを拾って来られたんですか?

 田舎道に迷った挙句に、こんな赤ん坊を拾ってきて

 どうするつもりなんですか?」と、菊之丞に詰め寄ると

菊之丞「この子は生きているんですよ!

    ましてや、こんな冬空の雨の中で放っておけ

    とでも言うんですか?!」と強く反論すると、

東雲が「若のおっしゃる通りです。人命第一ですから」と

濡れている様子の赤ん坊を覗き込みながら、

竹生島神社で祈祷してもらった舞台衣装の布を包んでいた

風呂敷を解いて、

「こんな小さな赤ん坊が濡れたままでは、命に関わるかも

 しれません。こんなものでも濡れているよりはましでしょう」と赤ん坊の濡れた産着を脱がして、風呂敷に包み直していた。その時、赤ん坊の様子がよく見て取れるようにと車内ランプが灯されていて、そのランプに照らされた赤ん坊は女の子で

まだへその緒すらついたいる状態だった。

それを目にした菊之丞は胸をつかれる様な思いになり、

唇を噛み締めると、風呂敷に包み直された赤ん坊を抱きしめて

「この子は私が育てます」と振り絞る様な声で言うと、

さすがのことに一瞬表情を強張らせた東雲が、ふっと表情を緩めるながら、

「若のお気持ちも分からないことはありません、

 でも、人ひとりの命をそう易々と引き受けられるもでは

 ありませんよ」と、赤ん坊を抱いて頑な表情を見せている

菊之丞に諭す様に話しかけると、

武田もまた「そうですよ!犬猫の子どもじゃあるまいし、

この子は人の子なんですよ!それに独身の菊之丞さんが

いきなりこんな赤ん坊を連れて戻ったら、どんなスキャンダルに巻き込まれるかしれませんよ!

自分から好き好んでハイエナの様なマスコミの餌食になんて

なる必要ないですって!」と声を上げると、

菊之丞は赤ん坊を抱きしめたまま、黙って武田の方にキッと

睨む様な視線を送った。

武田「そんな風に私を睨んだって何の解決にもならないですよ!むしろ私は菊之丞さんを思って言っているんですからね」

と、ますます語気を強めていた。

そんなやり取りをしている内に雨は小やみになっていき、

周囲の様子が先程よりも分かりやすくなっていくと、

大きな杉の大木の向こう側に民家らしき灯りが点在しているのに気づいた運転手の橋本は「どうやら、どこかの集落の近くまで来てるみたいです。もしかしたら、その集落の中にも警察があるかもしれないじゃないですか?

とにかく人の子を見つけたんですから、まずは警察に届けるのが筋じゃありませんか?」と、菊之丞を含めた皆に語りかけると、武田と東雲が菊之丞に「その通りですよ」と促すと、

菊之丞もまた「確かに…警察には届けないといけないですね」と

頷いた。

それにより、車は集落の灯りの方へと走り出した。



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