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チビ  作者: チビ
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はじまりの歌

第一三話 村の衆


菊之丞の車が明るい街灯のさす道へと進んだいったその時、

政所村では集会が行われていた。

村の集会所に村人のおもだった30人ばかりが集まっていて

賑やかな会が行われていた。

その中心に村の寺の和尚である慈源がいた。

60手前の人物でひょうたんの様なひょろ長い容貌をしているが、会の中心になるだけあってユーモア溢れ人物でもあり、

その時も「ユーモアなくしてこの世は闇よ」が口癖で

「さぁ一席、ひょうたん踊りばぁ、しんぜ奉る」と、

白い扇に自らひょうたんの絵を墨で描き、

寺の和尚らしい黒の着流しの着物を身につけて、

「おおそれ、ひょろ、ひょろ、ひょろ、ひょろり

 ひょろりと滑るはひょろりひょうたん

 ひょろ、ひょろり。

 つかまえなき世は、ひょろりひょうたん、

 ひょろりと全るは、このこの中へ、

 世にもおもしろ、世にもおもしろ、

 ひょうたんより駒とは、このことぞ」と、

滑稽踊りを踊って、その場を盛り上げていた。


そんな和尚にじとーっとした視線を送っているのは、

集会所の中で一番の上席に座っている男で、

村の世話役をしている安村源造であった。

和尚とは同世代くらいの人物であるが、

長年農業に携わってきた人らしいのが浅黒い肌と60手前ながらも、中背でがっしりとした身体つきに現れていた。

そんな源造は村の世話役をしていることもあって、

皆から爺さまと呼ばれていた。

その爺さまが「くそ坊主がまたひとりで目立とうとしてからに」と和尚に冷や水を浴びせる様に言うと、

爺さまの隣に座っていた妻の安村節が

「里芋がひょうたんにやきもち妬いておったら世話ないわい」とすかさずツッコミをいれた。

妻の節も源造と同じく村の世話役をしており、

皆からが婆さまと呼ばれていた。爺さまと和尚とは同世代で、爺さまと同じく浅黒い肌に爺さまよりは少し小柄で撫で肩をしているが同じく長年農業に携わってきた人物であり、女性にしてはしっかりした骨付きの体型をしていた。

実直ではあるが何処かお人好しで抜けたところがある爺さまとは違い、村の衆、皆の母親役の様な婆さまはしっかり者で目配り気配りの行き届いた人物であるが故に、和尚と爺さまの

2人が寄ると触ると、子どもぽい言い争いをするのを煩わしいことよと思いながらも、自らツッコミをいれて楽しんでいる風でもあった。

それに反応する様に和尚が、

「婆さまにはかなわんなあ〜」と坊主頭を撫でながら

かかと大笑して、拗ねた顔つきをしている爺さまのそばに寄ると、爺さまを無理矢理立たせて肩を組む様に引き寄せると、

「そんなにわしのひょうたん踊りが妬ましいやったら、

 爺さまも里芋ころりでも踊りゃあええじゃろ」と、

爺さまの腰を突き動かして

「それ、それ、それころり、里芋ころりじゃ、

 転がった。ころ、ころ、ころ、ころり、

 里芋剥けたぞ、ころ、ころり、

 ころり剥けたら、ぬるころり、

 手から抜けたぞ、ぬるころり」と囃し立て、

無理矢理爺さまを踊らせると、集まっている村の衆の

楽しそうな手拍子に爺さまもまんざらではない様子で、

和尚に背を押されながら集会所の座敷に転がる様に踊っていた。

そんな2人に呆れる様な視線を送りながら、集会所の隅に座って赤子を抱いている婦人の側に婆さまが座ると柔和な笑みを向け「身体はきつうないかな?」と、その婦人の横に座った。

「へえ、なんも…。こん子で11人目ですき、もう充分慣れとりますんで、乳もほれ、よう飲んでくれます」と答える婦人は村の衆から石のとこのおかみさんと言われる人物で、

石切り職人の石切直男の妻のスエである。

年齢は40すぎで年の末に11人目の子どもを出産したばかりあった。中背でふっくらとした体型をしていた。

出産してひと月も経っていないせいもあり、顔全体に茶色い色素沈着のあとの様なものが残っていた。

そんなスエのことが気がかりでならない婆さまは

「なんぼ11人目やと言うたところで、お産は一回一回台風じゃでなあ…。まっことは家でゆるりとしてもろうとれば良かったんじゃけど」と、婦人が胸に抱いている赤子を愛おしいそうに撫でながら声を掛けると、婦人が柔和な笑みを返しながら、

「婆さま、婆さまの気遣いはよう分っとりますで…。

 ここに呼んでくだされば、皆にこの子の顔見せにもなるやし

 ご馳走様もぎょうさん持ち帰らそうとして下さっておるん

 でしょ……。うちの窮状を思って…」とスエが下を向くと

婆さまが「石は腕のええ職人じゃけど…世渡りに関しては

 不器用な子じゃわ…。腕がええだけに余計とその腕を

 頼んで、いろんなところとぶつかってしもうてなあ…。

 また家に戻っとらんらしいなぁ…」

スエ「へぇ…」と赤子を抱きしめながら俯いた。

そんなスエの背を撫でながら婆さまが

「親ちゅうもんは不器用な子ほど可愛いんじゃよ」

スエ「迷惑ばっかりかけて、すいません」と声を詰まらせると

婆さま「何を言いよるやか、こんなにめんこい子を11人も

    村にもたらしてくれて、礼を言うがは、

    わしの方じゃわ。

    それに、今日ここへお前さまを呼んでくれ言うて

    きたがわ昇太なんじゃよ。」

スエ「昇太が?」

婆さま

「昇太はまっことにええ子じゃな。

 流石は11人兄弟の長男坊じゃわ。

 ここに来たら母ちゃんの気もちょっとは晴れるんや

 ないか言うてな?一番下の赤子以外は自分が面倒見るやで、

 母ちゃんの話しをゆっくり聞いてやってくれ言うてな」

スエ「わしも昇太には甘えることばっかりで…。

   そやけど、長男坊や言うてもまだ小学5年生じゃわ。

   親のせいで無理ばっかりさせとるんやなかかと思うて、

   あの子にも申し訳のう思うとります」

婆さま「スエさんや、前にも言うたと思うがな、

お前さん等の子は、みんな村の子や。皆んなわしの孫も同然

やと思うとるやでな、くれぐれもひとりで抱え込まんことじゃ。ええな」とスエに念押しする様に語りかけた。

すると、少し遠目からその様子を見ていた人物が、

2人に近づいてきて「もうそろそろ7時になるなあ、まだまだ早い時分やが、昇太らは腹空かしとるやもしれんでなあ?

わしと一緒に帰ってやらんかえ?わしは生来の下戸じゃで

酒も飲んどりゃせん。その上、車で来とるで赤子を雨にあてることもないやぞ」と声を掛けて来たのは、村で唯一の診療所の医師で鳥越学であった。もう70過ぎの年齢ではあるが、まだまだかくしゃくとしており、若い頃に赤ひげに感銘を受けて医師を目指した人ではあるが、生来のインテリさは隠しようがなく、村の衆からは親しみを込めて、ひ弱な赤ひげと呼ばれていた。そんな鳥越先生もまた、石のところのおかみさんは気がかりな存在で、婆さまとはまた別の立場で見守っていた。

そんな鳥越先生と婆さまに促される様に赤子を抱えて席を立つと、村の衆の輪の中心で騒いでいた駐在が「わしもそろそろ一旦戻らんとならんなあ」と立ち上がった。

駐在もまた村でたった一人の警察官で村はずれの駐在所に常駐していた。歳の頃は20すぎそこそこではあるが、何がそうしたのか、村の衆もよくは知らされてはいないが、中央の警察大学を卒業して、僻地の駐在勤務を自ら志願して、この村に来た変わり者ではあるが、やや小柄な身体つきに童顔の顔がのっていて、どこか愛らしい憎めない容貌をしていた。

そんな4人が席を立つと皆が「気つけてなぁ」と口ぐちに言った。そして、駐在は黒い上下のカッパを着て、駐在専用の自転車に乗って、村はずれの駐在所を目指して行った。

スエは鳥越先生の車に赤子を抱えて乗り込むと、

その車内の後部座席には既に婆さまによって、家で待っている子どもたちの分までご馳走様がつまれていて、車の助手席で「すみません」と会釈するスエに、婆さまが笑みを返しながら

「気つけてなぁ、昇太ら他の子にもよろしく」と挨拶を返して、その車を見送っていた。

鳥越先生の車が集会所を出るのと入れ変わる様に、

またぎの姿をした山猟師が一匹の犬を連れてやって来た。

見送っている婆さまに駆け寄って来た山猟師が

「あれは石んとこのおかみさんか?」と声を掛けると

婆さまが「ああそうじゃよ」と答えた。

するとしまったという表情をして、

山猟師「乳がよう出るようにと思うて、

猪肉持って来たんや!一足遅かったかぁ…。

ほうじゃで、ツンが早うと急かしとったんじゃなあ」と

傍らにいる犬の相棒ツンに顔を向けた。

婆さま「せっかくの猪肉じゃで、わしが明日にでも届けるわ。

全く世話のやける相棒じゃなあ、ツン」と

ツンの目線に合わせて座ると、ツンの頭を撫でていた。

山猟師は代々村の衆からは六太夫親方と呼ばれていて、

その山猟師の相棒の犬も代々ツンと名付けられていた。

六太夫親方は40過ぎくらいではあるが、山暮らしが性に合とるからと今だに独身で、185センチはあろうかという大柄で、

気は優しくて力持ちの容貌をしているが、実際のところは

気が優しすぎるきらいもあり、影では村の衆から、うど太郎と

揶揄されることもある人物だった。そんな親方を支えているのが犬の相棒のツンで、紀州犬くらいの大きさで、甲斐犬の様に黒い毛並みをしているが胸元に月輪ぐまの様な三日月型の模様が白く浮んでいた。

六太夫親方の相棒のツンの始祖は山神様(日本狼)から賜った犬だと、村の衆は皆信じていた、そんな言い伝え通りの為か、

ツンは強く聡い犬で、ツンという名に由来通り、

山猟師を支えるつっかえ棒の役割を充分に果たしていた。

そんなツンが婆さまに頭を撫でられながら、

駐在が走り去って行った村はずれの方に顔を向けると、

何かを感じとる様に鼻を鳴らしていた。



 

 

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