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造化三神

 走って走って、家まで戻ると、左衛門が迎えに出た。そうだ。左衛門だけが真衣央の味方でいてくれた。でも、本当に?

 真衣央は部屋で制服からシャツにカーディガンを羽織り、ジーンズを穿いた姿に着替えると、左衛門を連れて宮に足を向けた。半信半疑で、心は動揺している。けれど確かめられずにはいられなかった。これで裏切られたら、もう真衣央は立ち直れないだろう。

 果たして、見慣れた石造りの鳥居の前には、ずっと待ち望んだ姿があった。

 成長した空。

 単衣の着流しに萌黄色の羽織を引っ掛けている。嘘だ。本当に。嘘だ。

 感情はぐるぐる、同じところを回った。空が真衣央に手を伸ばす。記憶よりも大きな手。触れられて、引っさらうように抱き寄せられた。

「真衣央。待たせてごめん」

「――――空。だって、でも」

 何を言えば良いのか解らない。天頂には太陽が鎮座し、鳶が高いところを旋廻している。

「迎える準備に手間取った」

「離して!」

「真衣央。僕を許せなくても良いから、今度こそ僕に君を守らせて」

 真衣央はきっ、と空を睨んだ。

「いても良いって言った癖に」

「言った」

「嘘吐き」

「真衣央……。とにかく、中に入ってくれないか? 改めて釈明させて欲しい」

 真衣央は、逡巡の末、頷いた。本当はもう、解っていた。

 これ以上、空を拒むことはできない。真衣央の心の底の底が、彼の存在を希求している。左衛門が真衣央を見上げて、共に行こうと言うかのように、わん、と一声、鳴いた。


 拝殿の奥の部屋は、記憶と変わりなかった。花鳥が描かれた屏風、漆塗りの調度品。朔と満も、制服から前に見たものと同じ装束に着替えて着座している。

「腕を出して」

「どうして」

「怪我してるだろう? 手当するから」

「…………」

 空が言ったことは事実だった。真衣央が成長してからも、家庭内暴力は止むことはなかった。真衣央は、両親の、特に父親の負の感情からサンドバッグにされていた。空が痣や血の名残を見て眉をひそめ、手当する。懐かしい既視感に、真衣央は眩暈がするようだ。まだだ。まだ気は許せない。こうやって、優しくして裏切るのが彼らの手なのかもしれないのだから。

「僕は無力だと言った。だから、弟たちと、左衛門の力を借りたんだ」

 真衣央の手当をしながら、空が語る。

「弟?」

神産(かみむ)()(ひの)(かみ)(たか)御産(みむ)()(ひの)(かみ)。僕と合わせて造化(ぞうか)三神(さんしん)と称される。その内、顔合わせの席を設けるよ」

「空は、私を助けたのは気紛れだと言った」

「……確かに、初めはそうだった。でも、真衣央と過ごす内に、真衣央といたいと思った。僕は、……気紛れから本気になってしまった。真衣央が笑顔であれば、それで良いと」

「突き放したのに」

「あの時点で、僕が真衣央を助けることは不可能だった。僕は、僕自身は無力だから。左衛門は神気を帯びた犬だったから、彼の力をより強固なものにして、真衣央に添わせることくらいが関の山だったんだ」

 手当は終わり、真衣央は沈黙した。空も、朔も満も、左衛門までもが真衣央を見て、次の言葉を待っている。真衣央は左衛門を見た。唯一、自分を裏切ったことのない存在を。左衛門の真っ黒な目は、常に真衣央に純粋に向けられた。それに、空も一役買っていたのだとしたら。真衣央は、空にも、間接的に守られていたことになる。空を凝視した。空は、真衣央から視線を逸らさず真向から受け止める。懐かしい金色の双眸。

 真衣央は顔を両手で覆った。泣き顔を見られたくない。頭に置かれた手の優しさを、振りほどくほど強気にはなれなかった。





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