再会
春が去り、夏が来て秋になり、冬になり、また春が来ても、空たちに逢えることはなかった。真衣央は今年で高校一年生になる。今では、空たちのことは夢ではなかったかとさえ思える。朔も満も、小学校から姿を消し、誰もその存在を憶えている者はいなかった。ブレザーの制服を着て、鏡台前で身だしなみをチェックする。真衣央は私立の名門校に受かった。これに受からなければお前の扱いは虫以下になる、と脅された結果が皮肉にも立派に出ている。今でも、両親による真衣央の扱いは虫以下だと思うが、それより尚、一層ひどいことになるだろう想像は容易にできたので、真衣央は一生懸命に受験勉強に励んだのだ。
合格したと両親に告げると、それが当然であるかのような反応が返る。こんなものなのだ、うちの親は、と諦観の境地で真衣央は部屋に戻り、入学式までに準備しておかなければならない物の一覧に目を通した。
身体の肉づきは相変わらず薄く痩せていて、顔色も良くない。留美子も泰平も、そんなことに頓着はしなかった。家に置いてやっているだけで御の字だろう、という態度がありありと透けて見える。
真衣央はブレザーの試着を終えて地味な普段着に戻ると、左衛門の散歩に出た。期待しても無駄だと思うのに、足は勝手に宮のほうへと向かう。石造りの鳥居は、しんと静まり返り、あの頃と同じように枝垂桜が満開だった。拝殿やその奥を覗き込んでみるが、誰もいない。手水舎、玉垣、神饌所、拝殿、本殿、神楽殿などはあるが、空の部屋や湯殿、真衣央が宛がわれたような部屋が入るほどの規模ではない。思えば、この小さな宮に、あれだけの空間が内包していたのがおかしいのだ。何のまやかしだったのだろうと思いながら、真衣央は左衛門と宮を後にした。とろりとした金色が視界の端で沈もうとしている。烏の黒が点々と散る空は藍色だ。
入学式では、留美子が保護者として出席した。彼女は周囲には淑やかな貴婦人で通っていたので、化粧もきっちりとして、ブランド物のスーツで身を固めている。そんな母の様子を遠巻きに見て、真衣央は溜息を洩らした。パイプ椅子に座る真衣央の、スカートからすんなり出た脚にはどこにも痣が見当たらない。しかし、それは虐待の消失を意味するのではなく、目に見えない部分への狡猾な攻撃に集中していることを表していた。
ざわざわと、人の熱を内包した体育館に、遅れて来た男子生徒たちが真衣央の隣に座る。
右耳に光る、金の環。左耳に光る、銀の環。
まさか。どうして。信じられない。
「朔。満……?」
真衣央が口を手で覆ってようやく彼らの名前を呼ぶと、少年たちはにっこり、同じ笑顔を披露した。
入学式が終わり、留美子は早速、ママ友たちとランチに行ってしまった。真衣央は朔、満と同じクラスで担任との対面も済ませ、散開の後、以前のように校門を出たところで落ち合う。真衣央にはまだ、事態が呑み込めていない。自分の記憶は、都合よく改竄されたもので、言わば心の病気の一種だったのではとさえ考えていたのだ。紺色のブレザー、同じ紺色のネクタイを締めた朔と満は、以前よりも成長して、高校生然とした見た目になっていた。行き交う生徒たちが、真衣央たちをちらちらと見ている。
「朔、満。どうして」
「お久し振りです、真衣央様」
金色の環を着けた朔が微笑む。それだけで、真衣央は涙腺が緩みそうになる自分を叱咤した。高校から出た歩道は煉瓦風のデザインで、瀟洒な印象を与える。躑躅が植えられた下には、蒲公英や菫が可憐に咲いている。
真衣央はまだ、夢を見ているのだと思った。そして、それが裏付けられることを恐れた。踵を返し、駆け出す。
「あ、真衣央様!」
だって怖い。
もう、光から暗闇に突き落とされるような感覚は、味わいたくない。