光と闇
土筆の卵とじ丼は美味しかった。真衣央が盛大に褒めちぎるので、朔も満も照れたように笑う。それを空は穏やかな笑みで見守っている。
ああ、こんな時間がずっと続けば良いのに。
ずっと。
〝避難場所。シェルターだ〟
気づけば真衣央は涙していた。朔と満がぎょっとする。空が素早く立ち上がり、どんぶりを膳に置いた真衣央の前に来た。
「悲しいことでも思い出した?」
真衣央は首を強く左右に振る。
「とっても美味しいから、嬉しくて」
息がつかえそうになりながらも、辛うじて真衣央は言葉を紡ぎ出す。空は金色の瞳でじっと泣く少女を見ている。朔と満は、空の膳を片付けた。
湯から上がると、空が真衣央を手招いた。おいでおいでと呼んでいる。左衛門は、真衣央の保護者よろしくついて行く。
やがて真衣央の部屋よりも広い、神聖な気配に満ちた真っ白な部屋に連れて行かれた。
「今日は一緒に寝よう」
真衣央は、目を瞠る。思わず、空をまじまじと見たが、やましいところなど微塵もない瞳が返るだけだ。左衛門は、面白くなさそうにそっぽを向いている。
「ほら、おいで」
空は戸惑う真衣央を置いて、さっさと寝所に寝そべった。自分の横をポンポンと叩く。室内は明かりで淡いオレンジ色に染まっている。真衣央はおずおずと、空の横に身を置いた。間近で見る空の顔はとても綺麗で、表情は優しい。
「僕が避難所と言ったことを気にしている?」
真衣央は、図星を指されて視線を泳がせる。
「真衣央が望むなら、いつまでだっていても良いんだ」
「……本当に?」
「うん。僕たちと暮らしていると、それだけで神族と近くなる。真衣央は、ご両親や友人と一緒に年を重ねられない可能性もあるけれど、それでも良いのなら」
「それでも良い。空たちと、ずっと一緒にいたい」
空が微笑を浮かべる。
「いれば良い」
「空はすごいね」
「何が」
「私を、独りぼっちから救ってくれた。空は自分は力がないって言うけれど、私にとっては、本物の、本当の、大切な神様だよ。ありがとう」
金色の双眸が大きくなり、揺れる。空は真衣央の頭を撫でた。
「こちらこそ、ありがとう」
「どうして?」
「今の言霊で、僕は真衣央に助けられたから」
真衣央には何のことか解らない。ただ、空に感謝の言葉を言われると、くすぐったいような喜びが湧いて、真衣央は笑顔になった。足元に左衛門を寝そべらせて、真衣央は空に見守られて目を閉じた。闇が照らされたと思った。明るく、明るく――――――――。
「お宅の真衣央ちゃんを見ましたよ」
真衣央の母、留美子がママ友からこれを聴いた時には、真衣央が消えて半月ほど経過していた。今日は、レストランで裕福なママ友たちとランチをしていた。庭に出されたテーブルを囲み、草花を愛でながら妙味に舌鼓を打つ。
「――――どこで?」
「あの、お宅近くの小さなお宮のあたりで。以前より、だいぶ元気そうだったわ」
「まあ、そう」
ナプキンを持つ手が震える。あの娘は、どこまで親に恥をかかせる積もりか。
夜、帰宅した夫である泰平にこのことを訴える。泰平は眉根を寄せながら留美子の話を聴いた。彼もまた、このことを看過出来ないと考えた。
「どこぞで野垂れ死にでもしたかと思ったのに」
憎々し気な言い様からは、娘への愛情が欠片も感じられない。休日を待って、夫婦して宮に赴くことにした。