シェルター
早瀬家では真衣央が消えたことを騒ぎ立てしなかった。どうせ行く当てなどない、その内に帰って来るだろうと高を括る。すみはおろおろとして警察に連絡しなくても良いのか、などと言った為に、父親に軽はずみを言うなと怒鳴りつけられた。
そうと知らない真衣央は、空たちに見送られて学校へ向かった。朔と満も、普通の子供の恰好をしてつき従う。二人は双子の転入生として紹介された。小学生がピアスをすることなど、学校側が黙っていない筈だが、なぜか黙認される。二人の転入手続きもいつ行われたのか不明だ。真衣央は、空の無力はやはり嘘だと思った。朔と満は顔立ちも良く、物怖じせずはきはきしていたので、すぐに周囲と打ち解けた。二人は、そつなく、つかず離れずの位置で真衣央を見守る。真衣央が転入したての二人と仲が良いと、後々面倒なことを言う子供も出て来るかもしれないという懸念から、距離感を測ることは肝要だった。学校が終わると、校門の外でそれとなく落ち合い、三人は宮に帰った。桜がさわさわと歌い、最後を散らしている。
「真衣央様。本日は土筆の卵とじ丼ですよ」
「美味しいの? 満」
「とても美味しいですよ。宮の裏に生えているものを使うのです」
「私も、作るの手伝う」
「いえ、真衣央様は空様のお相手を願います」
道の脇に、ツルニチニチソウの、薄紫の花が咲いている。真衣央はそれではまるきり、お客様のようだと思ったが、朔も満もにこにことして、譲る積もりはないようだ。宮の鳥居が見えて来ると、左衛門が尻尾を盛んに振りながら飛び出してきた。空とは仲良く過ごしたのだろうか。真衣央にじゃれかかる様子から、機嫌は良いようだ。空も出て来る。
「お帰り、真衣央」
「ただいま、空」
こんな遣り取り自体が、真衣央にはひどく新鮮で、嬉しいものだった。手を洗って部屋に行き、ランドセルを下ろす。左衛門はずっとついてくる。空が部屋に入り、学校はどうだったかと尋ねた。
「朔と満がいてくれたから、楽しかった」
「そう、それは良かった」
よしよし、と、なぜか空が頭を撫でて来たので、真衣央は驚いて後退してしまう。
「な、なに」
「真衣央は、今まで一人で頑張って来たんだなあと思って。これからは、僕たちがいる。ここは真衣央の避難場所。シェルターだ」
その言葉に、真衣央は喜びと不安を同時に感じた。
一時の避難場所と言うことだろうか。それでは、やはりいつか自分はあの家に帰されるのだろうか。群青の空を金色に染め上げる夕日が、部屋をも明るく、そしてどこか切なく照らしている。空は、真衣央が顔を曇らせたことに気づいたようだったが、その理由を問うことはなかった。