ドリームインドリーム
朔と満は一見、そっくりだが、朔は右耳に金の環を、満は左耳に銀の環を着けている。二人は真衣央の手を恭しく引いて、回廊を進んだ。
「ここは?」
「湯殿にございます。霊験あらたかな湯でございますれば、打ち身や擦り傷にも効きまする。真衣央様にはまず、ここにてお身体を癒してくださいますよう。お着換えはこちらに置いておきます」
檜であろう丸い湯舟からはほかほかと白い湯気が立ち昇っている。天井は半露天で、星月夜を垣間見ることが出来た。朔と満が退室したことを確認して、真衣央は着ていた服を脱いでいく。木の板を渡した棚に、それを置いた。横には、朔が示した着替えがある。左衛門は、湯殿の前で番をしている。痣の箇所が痛まぬよう、慎重に掛かり湯をして、足先からそろりと湯に浸けると、何とも言えないじんわりした温もりが真衣央の総身を包んだ。梟だろうか。ほう、ほう、と鳴く声が遠く聴こえる。湯に肩まですっかり浸かると、思わず吐息が漏れた。
天井の梁からは五色の紐とそれらに連なる金の鈴がついていて、用がある時はそれを鳴らすようにとも言われた。まだ、真衣央は夢見心地だ。空は自分を無力と言ったが、こうして真衣央に居場所を与えてくれている。衣食住を世話しようという気構えが見られる。それが力ある者の業でなくして何だろうか。両親にもすみにも出来なかったことを、空はしてくれる。湯からは仄かに良い香りがして、清涼な心地になった。
用意された着替えは水色に小花柄の小袖だった。何とか着付けを終えて湯殿を出ると、待っていたかのように左衛門が立ち上がり、朔と満もどこからか湧いて出て、再び真衣央の案内をした。
最初の部屋に通されると、空が当然のように上座に座し、白い土器の盃で酒を吞んでいるようだった。真衣央を見て、笑みを浮かべる。少年にはない色香が滲む。真衣央は見惚れないよう、自分の席と示された箇所に着座した。半畳ほどの畳が敷いてある。空は一畳の上に寛いでいる。
朱塗りの膳には、野山の幸を中心とした、滋味深い料理が並んでいた。いただきます、と手を合わせて里芋を口に入れると、ほっこりした感触と、出汁の優しい味が口に広がった。ぐ、ぐう、と鳴いた腹に、真衣央は赤面したが、嗤う者はどこにもいない。空も、給仕をする朔も満も、皆にこやかに真衣央を見守っている。最初は警戒心を漲らせていた左衛門も、自分のご飯を貰い、満悦の様子だ。食卓には言葉が少なかったが、場の空気は和んでいた。
その夜、真衣央は宛がわれた部屋で、左衛門と温かな寝床に就いた。
真衣央を脅かす者のない、安らかな眠りが真衣央に訪れ、紺瑠璃の夜は静かに更けた。