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うちにおいで

 特にそこに行って何かがあると思った訳ではない。だが、真衣央はいつもの宮に足を運んだ。外食用にお洒落していたので、着ている物だけは上等なワンピースだ。

 宮の敷地に足を踏み入れた瞬間、奇妙な感覚に陥る。まるで外界から切り離されたような、違和感。楠と枝垂桜(しだれざくら)がざわめいた。

 ぽつねんと立つ少年の姿に、遅まきながら気づく。

 白いシャツ、白いズボン姿の、端正な少年だ。白髪に金の瞳という変わった様相をしている。彼は真衣央を見ても、表情を変えない。真衣央の頬は腫れ上がり、唇の端は切れている。そんな少女に驚く様子がないことが、真衣央には不気味に感じられた。左衛門が低い(うな)り声を上げている。

「時々、見かける子だね。おいで」

 年長者なのだろうが、大人びた物言いで真衣央を手招く。宮の奥に招かれる。観音開きの戸を開くと、中は豪奢な部屋だった。花鳥を描かれた金屏風が置かれ、漆塗りの調度品が置かれている。

「その有り様はどういうこと」

 抑揚のない口調で少年が質す。真衣央は気が進まなかったが、事の経緯を語った。少年は、余り興味のない様子で聴いていたが、途中から真衣央の手当を始めた。左衛門は、まだ唸っているが、少年に襲い掛かる気配はない。

「あなた、誰」

 ようやく真衣央が尋ねる。唇の端が、まだ痛む。

「この宮の主だよ。(あめの)御中主(みなかぬしの)(かみ)

「神様?」

「うん」

「何でもできるの」

「僕は神格ではこの国で一番、偉いけれど、ただそれだけで何もできない神なんだよ」

 真衣央の心が(しぼ)む。

 都合の良い夢を見ていた。この少年が、自分を救ってくれるのではないかと考えた。そんな自分を、真衣央は恥じた。真衣央の心中を読んだかのように、少年は微笑んで、真衣央の頭を撫でる。

「無力ではあるが、神には違いない。神使(しんし)もいる。ねえ、真衣央。うちにおいでよ」

 感じる筈のない、柔らかな春風が吹いたように思った。夢かと思う。今まで、どれだけこんな夢を見たか、数え切れない。いつか誰かが、真衣央を窮地から救い出してくれる。

「僕は(そら)と呼んで。真衣央。どうする?」

「…………一回、家に戻る」

「そう」

 空がふわと笑んだ。

 家の中、自室に戻った真衣央は膝から崩れ落ちた。涙が溢れて止まらない。自分が今まで、如何に無理をしてきたかが解ってしまう。泣く真衣央の傍を、左衛門がうろうろと歩く。真衣央は最低限、必要な物を厳選して、宮に戻った。夢でありませんようにと願いながら。

 空は先程と同じように立っていた。真衣央を見ると微笑みかける。金色の目が湾曲を描き、白髪と相まって神秘性が際立つ。本当に神なのだなと思い知る。

 空の後ろから、白狐が二匹、進み出た。

「神使の(さく)(まん)だ」

 白狐たちは慎ましく真衣央に頭を下げると、ぽん、という軽い音と同時に白い上衣に浅葱袴を着けた少年の姿となり、真衣央の少ない荷物を持ってくれた。宮の奥、空の部屋に入ると、空が真衣央を抱き寄せた。

「ここにいる限りは、僕は真衣央を守ってやれる」

「学校、とかは」

「行く必要性を僕は感じないけれど、真衣央が行きたいのなら、朔か満を連れて行くと良い。ねえ、真衣央。くれぐれも忘れないで。僕が無力な神だということを。今は高揚感で、いっぱいだろうと思うけれど、その内、君は僕に失望するかもしれない」

「空」

「何」

「どうして、助けてくれるの」

「気紛れだよ」

 金色の双眸は何を思うか知れず、けれど真衣央が空のいるこの空間を、自分の唯一の居場所と思ったのは確かだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 真衣央ちやんに救いがあって良かった……(っω<`。)
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