表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

業に従え

「はい、『金閣寺』」


 パタリ、と机の上に置かれて、真衣央は瞬きした。しおりを見上げる。

「読み終わったから。貸すわ。そういう約束だったでしょう?」

「うん。うん、ありがとう! どうだった? 読んでみて」

「主人公が意味不明」

 一刀両断の返答に、真衣央は笑ってしまう。

「でも、事前の取材とか、研究とかは、ものすごくしてあると思う。文学たる所以ね」

「へえ……。私、ちゃんと読めるかな」

 しおりが知らないとばかりに肩を竦めるが、切り捨てる冷たさはなかった。初夏の柔らかい風が、開いた窓から入り込み、少女たちの髪を揺らしていく。華が真衣央に、後ろから抱きつく。

「文学仲間になったのね~」

「華」

「津島さんも本を読むの?」

「そこそこ?」

「好きな作品は」

「『笹まくら』」

 しおりが軽く目を瞠る。

「丸谷才一、よね」

「そうそう、徴兵忌避の」

「驚いた」

 華が明るく笑った。

「こんな見た目派手な女が読みそうにない?」

「そんな訳じゃないけど、渋いから」

 真衣央にはついていけない話で、華としおりを交互に見るばかりだ。

「人の業は興味深いわ。あたし、そういうのを見るの好きなの」

「……良い趣味ね」

 途端に凍てついた態度となったしおりが、言い捨てて踵を返す。和やかだった空気が突然に変化したので、真衣央は戸惑い、彼女の後姿を見送る。

「あちゃー。怒らせちゃったかあ」

「華。今の、わざとじゃないよね」

「うん。正直に言っただけ。あの子の家庭事情を揶揄した訳じゃないんだけどね」

 そっか、と言って、真衣央は『金閣寺』の表紙に目を落とす。表紙には、赤い炎が躍っている。確か主人公が金閣寺に火を放つ、ということくらいは真衣央でも知っている。業と言えば業の極みのような行為だ。

「華、文学に詳しいのね。驚いた」

「あたしがどれだけ生きてると思ってるの? 丸谷才一だって三島由紀夫だって、ハイハイしてた頃から知ってるんだから」

 それはそうだ、と真衣央は納得する。

 しかし、せっかく友好的になりそうだったムードが壊れたのは、惜しかった。


 しおりは足を止めた。児童公園のベンチに、今日も赤い髪の彼は腰掛けている。しおりに気づくと顔が明るくなる。通りすがりの犬に懐かれたような感覚がして、しおりは面映ゆくも嬉しい。だが、そんな感情はおくびにも出ないように努めて冷静な表情で近づく。

「貴方、お仕事は?」

「存在することが仕事だ」

「まあ、そうね。深いわね……」

 暁の無邪気な答えに、しおりは拍子抜けする。これ以上の詮索は止める。誰にでも事情はある。自分にもあるように。

「座れよ」

 暁が隣を指したので、しおりもベンチに腰掛けた。出逢って当初から、随分と打ち解けたものだ。自分も暁も、人に馴染みやすいほうではないだろうに。いや、それだから共鳴し合ったのだろうか。空の青に浮かぶ千切れ雲を数えながら考える。

「お兄さんと話は出来た?」

「……まだ。きっと、心配させているだろうが」

「何なら一緒に会いに行ってあげるから」

 口に出してから、しおり自身、驚いた。そこまで馴れ合う積もりなど、全くなかったのに。暁も、目を丸くしている。金色の目が、とても綺麗だとしおりは思う。

「良いのか?」

 拒絶されるかと思ったが、暁は寧ろ嬉しそうだ。言い出した手前、しおりは頷く。手を握られて再び驚いた。

「じゃあ、今から来てくれ。近くの宮にいるんだ」

「え? 宮?」

「うん。一緒に来てくれるんだろ?」

「う、うん……」

 事態の展開が急だ。暁の兄は神職なのだろうか。しおりは戸惑いつつ、暁の無邪気に喜ぶ顔を眺めて、まあ良いかという気持ちになった。懐いてくれた犬のような暁に、心慰められていたのは確かだったのだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=611737806&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ