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邪気払い

「ただいま」

 耳に聴こえる自分の声が、いつもより柔らかい。

「おかえりなさい、しおりちゃん」

 母の安江(やすえ)がおもねるような目つきで出迎える。

「ご機嫌が良いみたいね?」

「何でもない」

「夜はエビチリだから」

「はい」

 安江はしおりの全身に目を走らせて、何事か、自分の知らぬ変化でもないかと探る風だった。そんなところに辟易するのだが、安江も情緒不安定だからと、心の中で母を擁護する。そうでもしなければやっていられない。少し前までは父親の、大きな身体があったリビングのソファーに、今は誰もいない。空虚がぽっかり座っているようで、見ていると脱力してしまう。部屋に入り、制服のブレザーを脱いでハンガーに掛ける。安江がお風呂湧いてるから、と声を掛けたので応じる。自分の部屋を見渡す。木調で調えられた部屋は、落ち着く空気だ。白い壁と薄茶のフローリングの組み合わせに、天井からは安江が気合いを入れて輸入雑貨店で購入した淡い青のペンダントライトが下がっている。この家に引っ越してきた時の頃のことで、今ではもうずっと昔の話だ。安江も、父も仲が良く、冷たい侮蔑や卑怯な逃げ腰などが欠片もなかった。しおりは眼鏡を机上に置いて髪の毛を解くと、着替えを持って洗面所に向かった。

「だから、何度も言ってるでしょう!」

 安江の尖った声。リビングの前を通りかかる時に聴こえてきた。電話で言い争っているようだ。恐らく、相手は父だろう。しおりは聴かなかったことにして足を速めた。慰謝料でもめる話など、聴きたくもない。あの赤い髪の青年は、無事に兄と仲直り出来たのだろうか。そんなことを考えた。


 その夜、宮には来客があった。宵だ。

 空が手招くので足を運ぶと、暁によく似た、けれど纏う色彩は真反対な青年がいた。

「宵だよ。神産(かみむ)()(ひの)(かみ)。僕の弟だ」

「初めまして。早瀬真衣央です」

 真衣央が丁寧に頭を下げると、宵もこんばんは、と穏やかに応じた。ふ、と真衣央が鼻を押さえる。

「どうしたの?」

「ううん、花の香りが」

「ああ、俺の神域は始終花盛りだから」

 口元を綻ばせる宵を、真衣央はじっと見る。穏やかな物腰だが、それだけの相手とは思えない。ともすれば暁よりも鋭利なものが見え隠れする。桃色の汁が入った椀に口を当てると、甘く爽やかな味が口中に広がった。

「美味しい……」

「白桃を絞ったものだよ。桃は邪気払いにもなるから」

 宵の説明を聴いて、真衣央は二口、三口と飲み進め、あっという間に椀を空にしてしまった。

「宵の土産だ。気に入ったかい」

 にこやかな空にうん、と頷くが少し気恥しい。

「暁が今、雲隠れしているんだ」

 その名前に、和んでいた心が硬直する。

「神域自体が見つからない。何を拗ねているんだか……。真衣央の前に現れたら面倒になりそうだから、宵は忠告に来たんだよ」

「拗ねてるって?」

 空が困ったように笑う。

「僕が真衣央ばかり構うのが気に食わないのさ」

「兄者を取られたような心境なんだろう」

 したり顔で語る二人だが、真衣央は暁に同情心を覚えた。酷い暴力は受けたが、それも兄恋しの一念からだったと思うと、何やらしんみりとしてしまう。

「真衣央がそんな顔をすることはない。暁に逢ったら僕か宵を呼んで。華が近くにいたら安全だろうけど」

「解った」

 空と真衣央の遣り取りを、宵が目を細めて眺めている。その金色の煌めきに、うっすら酷薄さが宿っている気がして、真衣央は知らず、身を空に寄せた。



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