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遭遇

 家に帰る足取りが重いのは、しおりにとっていつものことだ。父の不倫が明らかになってから、母は常にピリピリしている。しおりの一挙手一投足にも過敏に反応して、あれこれと難癖をつけてくる。かと思えば我に帰ったかのように、急に優しくなったりして、しおりは振り回されていた。

 空には白い月が浮かんでいる。日中の月はとても儚い。儚いと言えば早瀬真衣央は、当初、儚げな印象の美少女だった。それが日を追うごとに、咲き匂う花のように明るくなっている。花鎮めの祭りで舞い手を務めたらしいが、そのことが自信となっているのだろうか。

 どうでも良い、と思い、しおりはいつも突っ切る児童公園に足を踏み入れた。そこに、深紅の髪の青年がいて、ぽつねんとベンチに座っていた。驚くほどに容姿が整っているが、どこか彼には迷子のような心許ない風情があり、しおりの気を引いた。

 青年がしおりの気配に気づいたように視線を向ける。

  ――――金の瞳。

 魅入られたかのように凝視してしまう。

「あの、どこか具合でも悪いんですか?」

 つい尋ねたのは、放っておけないと感じたからだ。青年は、しかしぷい、とそっぽを向いた。

「人間なんかに用はない。立ち去れ」

 この言いざまにはしおりもカチンときた。

「言われなくても帰ります! 大の大人がこんなところで萎れてたら嫌でも人目を惹きますよ」

 棘があるのは承知で、しおりは青年の前を通り過ぎようとした。すると彼は、塩のかかった青菜のようにしゅんとして俯いたのだ。思わず足を止めてしまう。

「兄者が、このままでは盗られてしまう。あんな小娘のどこが良いんだ……」

 その声音はひどく寂しそうで、非難がましい言い様とは別に、小さな子供じみていた。しおりは、まじまじと青年を見る。

「貴方、ブラコン?」

「ブラコンとは何だ」

「そんなことも知らないの?」

 確かにこの青年は浮世離れしているが。しおりは放っておけないような気がして、彼の隣に座った。

「誰の許可を得て座っている」

 言葉の割に覇気がない。

「知らないわよ、そんなの。私は私のしたいようにするだけ」

「俺は暁。お前は誰だ」

 名乗ってくれたことが意外にも嬉しかった。そして、大袈裟な名前だとも思ったが、その容姿や尊大な態度には似合っている。

「斉木しおりよ」

「ふうん」

 再び、暁は俯く。しおりはその様子に、つい手を伸ばして暁の深紅の髪に触れた。柔らかい、絹糸のような触り心地だ。拒絶されるかと思ったが、暁は大人しくされるがままになっている。

「お兄さんが好きなら、気持ちをきちんと伝えなさいよ」

 手を止めずにしおりは諭してみる。家族の間でも、伝わらない時はあるものだ。伝えられる可能性が少しでもあるのなら、それに賭けてみるほうが良い。

「……言って何が変わるものか」

「言わないと変わるものだって変わりゃしないわよ」

 暁は沈黙して、しおりは深紅の髪を優しく手櫛で梳いてやっていた。

 不思議なことに、暁と話していると、家での憂さが、少し晴れて行くのだった。真衣央と話している時の感じに似ている、としおりは思った。

 自分の中の、柔らかくて優しい部分が浮上する。



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