氏子総代
宮に帰った真衣央は、出迎えた朔と満に客間に行くよう勧められた。客人が来ているのだと言う。
「顔合わせしておいたほうがよろしいかと思いますので」
異口同音の台詞に小首を傾げつつ、うん、と返事して、左衛門の相手を彼らに任せて客間に向かった。客間からはコン、コン、という音が聴こえる。空が、誰かと囲碁をしているらしい。真衣央に気づいた空が笑う。
「真衣央。お帰り」
空の向かいに座る、壮年のしっかりした体格をした男性も真衣央を見た。
「おお。噂のお嬢さんですな。先の花鎮めの舞いは見事でした」
「真衣央。こちら、氏子総代の若本さん」
「は、初めまして。早瀬真衣央です」
若本の双眸が細められる。
「早瀬さん宅のお嬢さんか。やはり」
真衣央は身じろぎした。空は微笑むだけで何も言わない。
「あのご夫婦にも困ったものだ」
「ご存じなんですか。両親の――――こと」
具体的に何をとは言わなかった。言えなかった。若本が嘆息を吐き、頷く。
「真衣央さんには、大人がさぞ愚鈍に見えたでしょうな。しかし、周囲は、それほど莫迦ではない。貴方が受けていた仕打ちを、そこはかとなく知る者はいたのですよ」
「けれど何もしなかった」
温和に聴こえる空の言葉には、針が含まれていた。
「弁解のしようもない。早瀬家にたてつくのは、些か荷が重く、結果、皆が見て見ぬ振りをし、真衣央さんには辛い目に遭わせた」
「触らぬ神に祟りなしの態度を、若本さんたち氏子は最近までうちに対しても貫いていた。氏子総代が代替わりして、少しずつ僕らに歩み寄りを見せたんだよ、真衣央」
「花鎮めの祭りも、出店などを仕切ってらっしゃったんですね。……私のことは、もう良いんです。若本さん。私は、結果として今、とても幸せですから」
若本が眉尻を下げる。
「寛容なお言葉だ。有り難う、真衣央さん。花鎮めの前には顔合わせする余裕もなかったが、今日は夏祭りの予算の話などしに伺ったんですよ」
「町内会の管轄だけど、若本さんは町内会長でもあるから」
空が補足する。真衣央の視線がちらりと碁盤に走ったのを見て苦笑した。
「囲碁をしながら、ね」
「夏祭りに、私がする仕事はあるの?」
「ううん。花鎮めと違って、夏祭りはより世俗臭の強い祭りだから。盆踊りの意味合いも兼ねているけれど、うちは神社だからね。そのへんは緩く。迷う霊がないよう、見守るくらいかな」
若本が頭を掻く。
「本来であれば、氏子総代とは言え、私は空様と直に口も利けぬ立場なのですが、うちの祭神様は気さくでおられるゆえ、このように碁などにも興じることができる」
朔が、三人分の緑茶と大福を持って来た。若本は朔にも敬意を払い会釈する。朔もにこりと笑って返していた。空が緑茶で唇を湿す。
「堅苦しいのは嫌いなんだよ。若本さん。予算の折り合いは任せる。さっきの話で良いだろう。花火の費用が追いつかないようなら僕が何とかしよう。真衣央も打ち上げ花火を見たいだろう?」
「え、うん」
「有難いお言葉」
空が湯呑みをことりと置く。
「若本さん。早瀬家について何か異変があれば教えて欲しい。ないだろうけれど、万一にもまた真衣央を連れ戻すような気配でもあれば」
「ないでしょうな。しかし、気をつけておきましょう。いや、この大福は美味い」
空が、現在進行形で真衣央を守ろうとしてくれていることが、真衣央の胸に沁みた。囲碁の勝負は空の勝ちに終わり、若本は肩を落として悔しがっていた。年経て頼もしい大人である若本が、勝負事には子供のように本気になることが、真衣央には意外だった。




