春の紅葉
予想通り、季節外れの転入生として紹介された華は、一躍クラスの人気者となった。学校では津島華と名乗っている。しっかりメイクのギャルのような華は、それでもやはり一介の女子高生にはない威厳めいたものがあり、人に侮らせない。華が真衣央に親しく接してくれるので、自然と真衣央もクラスに溶け込めるようになった。ライン交換などもして、急に交友関係が増える。これは華に感謝しなければと思う真衣央だったが、クラスに一人、気になる女子生徒がいた。
いつも窓際の席に座り、静かに本を読む彼女の名前は、斉木しおり。長い黒髪を両サイドで編み込みにし、黒縁眼鏡をかけている。物静かな文学少女という雰囲気で、よく見れば睫毛が長い、などという話も聴いた。他を寄せつけない空気もある。
なぜだか真衣央は、華が来て浮かれた教室内、一人湖にいるかのようなしおりが気になり、時々、視線を向かわせるのだった。
「なーに、真衣央。どこ見てんの」
華が腕を真衣央の首に絡ませてくる。ん? とその眼差しの先を追う。
「斉木ちゃんかあー」
「え、華さん、」
「華」
「は、華、知ってるの?」
「ちょっと聴いたもーん。ミステリアスな秀才ちゃん。よく見りゃ美人とか家庭が――――」
もうすぐ帰りのホームルームが始まる。華は真衣央から離れて自分の席に着いた。
ピアスに濃い化粧が板についた華だが、それで教師に咎められる様子はない。転入手続きといい、一体どんな手品を使っているのだろう。感心する一方で真衣央は、華の言葉の続きが気になった。華はこう言ったのだ。
〝家庭が複雑とか〟
帰り道、ぶらぶら踊るように歩く華は、ぺちゃくちゃとお喋りも盛んだった。
「ねえ、華。斉木さんのおうちって」
「ああ。両親が離婚しそうだって。父親の不倫がばれて今現在、別居中」
「そうなんだ……。よく知ってるね」
「そういうの、喜んで話す子がいるもの」
華が苦笑する。通りがかり、散歩中に尻尾を振るプードルの頭を撫でてやり、まあ大変よね、と華は呟いた。
「真衣央みたいのもだけど、親が不和ってのは可哀そうだわ」
「うん……」
「気になる?」
「少し。あの、私、ああいう、媚びない感じが良いなあって」
「そうねえ。愛想なしとも言うけど。真衣央が気になるなら話しかけてみなさいよ」
ただし、と、華が右手人差し指をぴ、と真衣央に突き立てる。
「同情心は禁物。あの子みたいのは、そんなのに敏感で、そんでもって大嫌いなんだから」
「――――それは解る気がする」
華が笑った。優しい笑顔だ。
「そうね。真衣央は知ってるものね。いらないこと言ったわ」
宮が近づくと楠の若緑が見える。
「知ってる? 真衣央。楠も紅葉するのよ」
「え!」
「春にね。赤い葉になって、落ちて、新しい葉が出るわ。だから春先、よく楠の下見たら、赤い葉っぱが落ちてんのよ」
「全然、気づかなかった。ずっと青いとばっかり」
「そんなもんよ。自然もだけど、人の心もね。斉木ちゃんだって、紅葉してたかもしれない。でも、誰の目にも留まらなかった。かくして〝ミステリアス〟の出来上がりってこと」
真衣央は、華の言葉に感じ入った。神様の言葉はやはり違う。
くるんくるんと回りながら宮に近づく華の後ろ姿を目で追い、しおりの心に歩み寄る術を、真衣央は探していた。