表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/29

手を離れて

 留美子と泰平は、もう完全に真衣央に関して投げていた。広い屋敷の中で、真衣央を気に掛けるのはすみ一人。

「またあの宮に出入りしてるんだって?」

「嫌だわ、私たちへの当てつけかしら」

 不快そうに言うばかり。連れ帰らせようという気配すら微塵もない。

 日曜の午後、時間を捻出して、すみは一人で宮を訪ねた。

 気づいたのは境内を掃いていた満だった。彼女が真衣央の、左衛門に次ぐ味方だったと知っている。なので、優しく声を掛けた。

「当神社に何かご用でしょうか?」

「あ、その、真衣央お嬢さんが、いると聴いて……」

「おられますよ。少々お待ちください」

 満はすみを客間に通して真衣央を呼びに行った。

 真衣央は部屋で数学の宿題をしていた。小花散る藤色の小袖姿が可憐に映える。すみの来訪を告げると、顔を輝かせた。隣に座っていた左衛門も、そんな彼女を見上げる。桜の季節はもうすぐ終わり、楠が青々しくなり、藤棚の藤が咲く季節が間近である。

「お茶とお菓子、私が出しても良い?」

「構いませんよ。では厨に参りましょうか」

 厨で薬缶(やかん)を火にかけ、落雁(らくがん)を小皿に乗せる。

 とろりとした翡翠色の茶を湯呑みに注いで、小皿と一緒に盆に載せて運んだ。

 客間に姿を見せた真衣央を見て、すみは驚き、涙ぐんだ。

  真衣央は健康そのもので、無論、殴られた痣なども見受けられない。先日はこの宮で神楽舞いの舞い手を務めたとも聴く。小袖は似合って可愛らしい。今の彼女の、毎日の充実を一見しただけで判ってしまい、すみは泣き崩れた。

「すみさん」

「真衣央様。すみません、ごめんなさい、ごめんなさい」

 これまで留美子や泰平の勘気を恐れて、真衣央をきちんと庇ってやらなかったことに、今更ながら悔いが込み上げる。彼女は、そんな薄情な自分にさえ、感謝してくれていたというのに。肩にそ、と手が置かれる。顔を上げると、真衣央が微笑んでいた。

「すみさん、今まで、ありがとうございました。私、すみさんがいてくれたから、あの家で何とか生きて来られた。でも、もう大丈夫」

 大丈夫、という言葉に一抹の不安を覚える。

「空たちがいてくれるから。私、今、幸せです」

 すみの中の不安がささやかに鳴る。

「空さん、とは」

「僕だ」

 空が客間に姿を現した。朔と満も一緒だ。

「貴方には言っておこうと思う。僕は天御中主神。真衣央を保護している。これからも、彼女と共に暮らす積もりだよ」

 すみはぽかんとした顔で、突然現れた至高神を眺めた。白い単衣に青碧の羽織を引っ掛け、見目麗しい少年が自らを神と名乗る。しかし、それを確かに信じられるだけの説得力が、空の姿と声音にはあった。すみは空に縋りついた。そのはずみに、横に置いてあった盆を足にひっかけ、湯呑みの茶が揺らいだ。

「真衣央様を、お任せしてよろしいのですね?」

「うん。僕が彼女を守るから」

 すみは、両手を擦り合わせ、お願い申し上げますと繰り返した。真衣央は堪らず、そんなすみに抱き着く。

「すみさん、今まで有り難うございました。もう、大丈夫だから」

 すみはゆっくり真衣央を見て、泣き笑いの表情になる。

 その後、朔たちが人数分の茶と落雁を持って来て、皆で甘味を楽しんだ。すみは真衣央の姿を目に焼き付けて、自分が守ってやれなかった子の、これからの幸を祈った。湿り気のある、甘い時間はしばらく続いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=611737806&size=200
― 新着の感想 ―
[良い点] すみさんには、複雑な感情を抱いてしまいます。でも、人間らしいのですよね。弱さも含めて。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ