祝宴
暁の不服そうな表情を見て、困った奴だと宵は思う。
真衣央の神楽舞いは上々の仕上がりだったのだから、素直に賞賛してやれば良いものを。観終わると同時に宵の神域に押しかけて、無言の仏頂面だ。どこの子供かと言いたくなる。真衣央の神楽舞いは種々様々な存在に観られ、そして、認められた。真衣央は空の威信を傷つけることなく、それどころか向上させたのだ。暁が真衣央を傷つける行為は、誰からも許されないものとなった。それでも暁は、空の心を占める真衣央が疎ましいのだ。
宵の心情としては、真衣央を見直す方向に傾いていた。空が彼女に掛かり切りなのは弊害があるが、それぞれが己が役割を全うするのであれば、誰も文句を言う筋合いはないだろう。宵は咲き誇る花の一輪を手折り、暁の鼻元に寄せた。そのかぐわしい匂いに、暁の渋面も和らぐ。
「華も褒めていた。俺たちが難渋を言う訳には行かない」
華とは天鈿女命の通称だ。技芸を司る女神が真衣央を良しとしたのだから、神位が高いとは言え、門外漢である宵や暁の出る幕ではなかった。暁も理屈の上では承知している。だが、情で割り切れないものがあるのだ。昔から、暁は過剰なくらい、空に執着していた。宵はこの兄のそうした子供じみたところを寧ろ好ましく思ってはいたが、度を超すとそれも心配になる。赤い髪を手櫛で梳いてやりながら、しょうがないなと微苦笑を零した。
小さな宮は、夜になると人気もなくなり、いつも通りに静かな空気を纏い佇んでいる。今夜は花鎮めの祭りの成功を祝した宴ということで、ご馳走が並んでいる。空は上機嫌で酒を呑んでいた。真衣央は虚脱感と達成感が心に入り混じる状態で、ご馳走につける箸もゆっくりとしている。朔や満もにこにこして、給仕をしていた。
「桜にちなみ、馬刺しも用意してみました」
「良いの? 肉食して」
「祭りも無事、終わりましたしね。新鮮なものが献上されましたので、どうぞお召し上がりください」
真衣央は供されるご馳走を口に運び、美味を堪能した。菜の花の辛し和えは彼女の好物だ。それを知って、朔たちも夕食に出している。左衛門も骨付き肉を貰い満足そうだ。皆が笑顔の宴は、遅くまで続いた。
夜更け、真衣央が祭りの興奮冷めやらず濡れ縁に座っていると、空がひょいと中から顔を出した。左衛門は今では何ら反応することなく、真衣央の隣に寝そべっている。星の綺麗な夜だった。
「眠れないの?」
「うん。まだ、色々、実感がなくて」
空が微笑して、左衛門の寝そべるところとは反対側に腰を下ろす。
「守られるだけの女の子でないことを、真衣央は今日、証明したんだよ」
「空たちがいてくれたから、応援してくれたから、頑張れたの」
「僕たちができることは微々たることだから。後は本人の努力次第。もっと自分を誇って、真衣央」
「……難しいね。自己肯定感を高めるって。私、家ではずっと蔑まれてきたから、どうしても自分を卑下する癖がついてしまって」
「今からその分を取り戻そうよ。僕たちがついてる」
「有り難う、空。すごく、心強い」
金に、銀に光る星々が紺青の空を彩る。月は細い煌めきを宿し、見る者の心に残る。空が自然と握った手を、真衣央は不思議に狼狽えることなく握り返した。どちらもごくささやかな力しか入れておらず、それだけでも満たされるものがあることを互いに知った。