花鎮めの祭り
花鎮めの祭り当日がやって来た。
真衣央は早くから目を覚まし、禊をして巫女装束に着替えた。肉や魚などは前日から断っている。白い小袖の上に、更に金糸の縫い取りのある千早を着る。宮の一室で何度も神楽舞いの練習をしていると、朔と満がやって来てそろそろ時間だと告げた。
舞楽殿の周囲は人で賑わっていた。よく見れば人でないものもいる。空が、精霊や邪気のない妖たちも観に来ると言っていたが、その通りのようだ。神楽舞いはそもそも、天岩戸の伝承で登場する、天鈿女命の踊りが発祥である。たむろした人たちを前にすると、真衣央は緊張してきた。桜の花簪を耳元にあしらい、舞楽殿に姿を現すと、ざわざわと皆の視線が真衣央に集中する。
朔や満が笛を吹き、舞いが始まった。
座ったところからゆっくり立ち上がり、扇をかざす。すり足をして、左足爪先を天に向ける。扇を戻し、もう一度。ゆっくりとしたリズムで舞いは進む。暁や宵、吉彦ら神々もこの舞いには注目している。無論、空も近くで見守っていた。
腕を伸ばし、広げ、足を踏み出す。真衣央の一挙手一投足に神気が満ち、邪気を鎮め、払っていることが空には感じられる。蝶や鳥、動物たちもいつの間にか集っていた。緩慢にも見える動作が繰り返される。空が真衣央を巫女にと望んだ最たる理由は、左衛門同様、真衣央もまた常人より神気を多く帯びていると感じたからだ。その見立ては正しく、今の真衣央の舞いは神々しさと清涼さに満ち、観る者を幽玄の世界にいざなう。笛の音がひと際、甲高く鳴ったら舞いの終わりだ。真衣央は座り、深々と観客にお辞儀をして舞楽殿を後にする。観客たちからは割れるような拍手が送られる。
千早と巫女装束を脱いで、沸かしてあった風呂に早めに入る。疲れと緊張がどっと出て、湯に溶け入る気がする。ともかくも自分はやり切った。真衣央は風呂から上がると自分の部屋に行き、横になった。左衛門が尻尾を振り、労ってくれているようだ。空も遅れてやって来た。
「見事な舞いだったよ。真衣央」
「空。私、ちゃんとできた?」
「うん。神々も納得の出来だった」
「良かった」
「頑張ったね」
空は真衣央の頭を撫でた。本当に、彼女は頑張ったと思った。家庭内暴力に晒され、避難場所であるここでも暁に虐げられ、それでも逃げずに役目を成し終えた。舞いの出来もだが、何よりその姿勢が尊いものと空には思えた。
「天鈿女命も感心していたよ」
「え、来てたの?」
「うん。僕を祀るここの祭礼は様々な神に注目されている」
今更ながら真衣央は、顔が火照る思いだ。空が笑ってくれるのが嬉しい。脱力した真衣央は、睡魔に襲われた。そのまま、頭を撫でる空の手の感触を感じながら目を閉じた。
祭りも無事、終わりましたので少しお休みいただきます。