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 花の衣に包まれるような日々だ。自分に暴力を振るう人間がいない、というだけで、これほどまで心穏やかでいられる。真衣央は宮と学校の往復を繰り返していた。両親が、再び姿を消した真衣央をどう思っているのかは解らない。また宮にまで押しかけるかもしれないと思うと身が竦むが、今度は空が彼らの思うようにはさせないと言う。空を信じることにした。

 桜の花が散りつつある。

 真衣央は部屋の濡れ縁から、枝垂桜を眺めていた。傍らには左衛門と、土器の盃を持った空。晴天にちらりほらりと白い花雪が舞う光景はいつまでも見飽きない。空の持つ盃にも、花雪は舞い降りた。空は微笑して、酒ごとそれを呑み干す。真衣央も空も、余り多くを語らない。沈黙もまた、語らいの一つだった。

 鳩が群れ集い、真衣央の肩に留まったりする。餌をねだるでもなくじゃれている。真衣央は、羽毛がくすぐったくて笑い声を上げた。空の微笑が深くなる。真衣央の髪には、桜の花びらやら羽毛やらがくっついている。空がそれらを丹念に取ってやる。その、如何にも大切にされているような扱いが照れ臭くて、真衣央は俯いた。

「もうすぐ、花鎮めの祭りがある」

「花鎮め?」

「春、地中から芽吹きとともに生じる邪気を祓う祭りだ。真衣央には、巫女を務めて欲しい」

「私で良いの?」

「うん。舞いは朔たちに習って。難しいものじゃないから」

 真衣央に異論はない。空の要請ならばと頷く。それを見て、空が真顔になる。

「真衣央。僕は」

「うん?」

「……何でもない」

「どこか具合悪い?」

「そうじゃないよ」

「無理はしないでね」

 真衣央は、自分の言葉が空に及ぼす効果を知らない。最上の神格を持つ空にとって、気遣われるという行為は、これまで得られなかったものだ。母がいれば、このようなものだろうかと思うが、それも少し違う気がした。真衣央に関する自分の心の在り様は、まだ未知数だ。

 髪に柔らかな感触があった。真衣央が、空の白髪を梳いている。

「一番の神様は、大変だよね。きっと、私が思うより、ずっと空は苦労もしてるんだと思う」

 こんな風に、神を労わることができる真衣央が、空には不思議だった。手櫛で梳かれるのは心地好い。金色の双眸が細くなる。空は、宙に向けてふう、と息吹を放った。すると色とりどりの紙吹雪が舞い上がる。金や銀も含み、絢爛豪華だ。真衣央は驚き、そして感嘆して喜んだ。手品めいた技くらいなら、空でも簡単にできる。青が散る。緑が散る。赤が。紫が。黄色が。名状し難い色が。

 真衣央は濡れ縁から下に降りて、その紙吹雪に両手を伸ばしながらくるくる回った。空の心も、それを眺めながらくるくる回っていた。二人は恍惚を共有していた。


 その日の晩、部屋に戻り寝ようとする真衣央の前に立ちはだかる影があった。それは燃えるような深紅の髪の青年で、目は金色だ。白い狩衣装束を着ている。知らない人物に、真衣央は身を固くする。空を呼ぼうとする前に、相手が口を開いた。

「お前か。小娘。兄者をたぶらかしたのは」

「……誰」

 真衣央の誰何に、相手はふん、と鼻を鳴らした。

「高御産巣日神。(あきら)だ」

「空の、弟さん……」

 その言葉に、暁の眉間に険しい皺が寄る。

「何、馴れ馴れしく兄者を呼んでいる。お前は下女だろうが。兄者の名前を呼ぶだなど、傲慢も甚だしい」

 真衣央の首にぬっと暁の手が伸び、掴まれる。

「縊り殺しても良いところだが、ここで血の穢れはまずい。良いか、兄者の情けに胡坐を掻いていないで、とっととここから去れ。でないと俺がお前を殺すぞ」

 言うだけ言って、暁は足音荒く立ち去った。真衣央はその場にへなへなと座り込む。後ろから来た左衛門が、どうしたのかと問うように真衣央を見るが、答える気力もなかった。どこに行っても、自分は疎まれる運命にあるのか。真衣央の気が憂いで塞がれた。



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