第2話 留学帰りの妹さん
「それで、俺に何を――」
「カズキ、中に入るんだよね? 今開けるから、ついて来て!」
「え、あ……」
一体どこの部屋に入れてくれるつもりなのか。
そんな俺に構わず、シュレーダーと名乗った女の子が玄関の鍵を開けてくれた。
大人しく後ろをついて歩き、エレベーターに乗って部屋がある三階にたどり着く。
そして予想通り、彼女はSと書かれたネームプレートの所で立ち止まった。
「出かけているかな? カズキ、どう思う?」
「た、多分、いないんじゃないかな……」
「じゃあ入ろ! カズキも遠慮しないで!」
「はは……」
遠慮も何も、昼前までは普通に住んでいた部屋なわけで。
ネームプレートのSはもちろん、佐倉ということを意味している。
勝手を知っていることもあって、自然に部屋へ入った。
中はもぬけの殻では無く、家電や生活用品はそのまま残ったままだ。
衣服類だけが無くなっているだけで、本棚のものとかに変化は無い。
散らかったものを片付けるのはいつも俺の役目でもあったので、とりあえず棚の整理でもしようかと思っていた。
すると、驚いた表情で俺を見る彼女の顔が目の前にあった。
「――あっ……こ、これはその……」
「どうしてすでに部屋に慣れているの?」
この反応、やはり麗香と俺との関係のことは知らなかったようだ。
そしていい加減、彼女の名前をはっきりさせておこう。
「そ、それよりも! ひょっとして、キミは麗香の――?」
「ヤー! 妹の、唯花・シュレーダー・佐倉! 思い出した?」
「唯花ちゃん……? え、本当に!?」
麗香の妹、佐倉唯花とは年が二つほど離れている。中学の時に一緒に遊んだこともあった。
しかし中学を卒業してからは、妹に出会うことはほとんど無かった。
それがまさか留学によるものだったとは。
「カズキ、変わってなくてすぐ分かった! 中学の時と同じ顔!」
そう言うと唯花は俺の頬を両手で挟んで、ぺたぺたと触って来る。
「ち、近い近い!」
「気にしなくていいよ?」
(どういう意味なのかはともかく、物怖じしない子なのは確かだ)
自分が童顔であることは認めているとはいえ、中学の時からというのはいくら何でも違うと思いたい。人の顔をまじまじと見つめているこの子からは、確信の眼差しが感じられる。
「それでええと、唯花ちゃんが部屋の鍵を持っていたのは何故?」
「唯花! 唯花と呼んで! 子ども扱いして欲しくない!!」
「ゆ、唯花は留学帰りって言ってたけど、ここに住むつもりなのかな? だってここは……」
「麗香のお部屋でしょ? 知ってる。シェアしてもらう為に来たの! 鍵ももらってあるよ」
どうやら彼女は、麗香が部屋にいると思って来たみたいだ。
恐らく鍵も佐倉の両親から渡されたに違いない。しかし同棲のことは何も聞かされていないように思える。
言うべきか悩むが、この子の性格的に正直に話した方が良さそうだ。
「あ、あのさ、唯花に言っておかなきゃいけないことがあるんだけど……」
「聞く! 聞きたい!」
妹にとって決していい話ではないと思うが、しょうがない。
俺は結婚前提で同棲生活をしていたことや、麗香に追い出されて別れたことを話した。
頷きながら黙って話を聞いてくれたが、内心はきっと穏やかじゃないはず。
姉と暮らすはずが姉と入れ違いになったうえ、ここには俺しかいないなんてシャレにもなっていない。
「……ということなんだ。だから俺は出て行かないと駄目で、本当は部屋に入る資格もすでに――」
「それ、間違ってる!!」
「うん、そうだよね。やっぱり実家に戻って事情をきちんと――」
「出て行っちゃ駄目! カズキはここに残って住む!! わたしもここに住む! それがいいと思うんだ。麗香が間違ってるだけで、カズキは間違ってないよ!」
これは予想外の展開だ。てっきり俺が言っていることが間違いだと思っていたのに、姉である麗香の方に矛先が向くとは。
しかし現実的に考えれば妹さんである唯花と一緒に住むのは、色々と問題があるのではないだろうか。帰国子女なせいか大人びてはいるものの、まだ高校生だ。
自由な時間に出て行く俺はともかく、高校生の彼女にはハードルが高いように思える。ここは年上としてけじめをつけよう。
「俺が大学生で、唯花は高校生だから駄目だよ。一緒に暮らすなんてそんな……」
「大丈夫! カズキの顔、可愛いから。一緒に暮らしても違和感ないし、生活もシェアってことなら大丈夫だから!」
「シェア? それって、半同棲ってこと?」
「そうだよ。それなら親に言わなくてもいいし、住民票もいらないし時々実家に帰れば何も問題無いと思うんだ。ね、そうしよ?」
俺のことを見て来る唯花の眼差しは、本気のようだ。
この子の言うように、半同棲ということなら届ける必要は無いし、そもそもの住民票は俺と麗香のままになっているはず。
しかし本当にいいのだろうか、素直に悩む。
留学に行った麗香に追い出されて別れた状態なのに、留学から帰って来た妹の唯花と一緒に暮らすことになるなんて、運がいいのか悪いのか。
親たちが滅多に来ないとはいえ、これからやることは隠し事になる。
責任が取れるのかという話になりそうだが、覚悟を決めるしかなさそうだ。
「唯花は俺と一緒に暮らすことになっても、いいってことだよね?」
「いいよ! その代わり、わたしの青春に付き合ってね!」
「――えっ? 青春……?」
「ヤー! 彼氏欲しいし好きな人と遊びたいし、それから、それから~」
これはもしかしなくても、姉である麗香にフラれた俺に対する妹なりのなぐさめという意味になるのだろうか。
帰国して来たばかりとはいえ、積極的な唯花であればすぐに彼氏が出来そうな気がする。
しかしここに住むことを許された以上、彼女の青春に付き合う以外の選択肢は俺には残されていないし、断る理由もない。
「じゃ、じゃあ、これからよろしく?」
「カズキ、よろしく!」
まさか留学帰りの妹さんに助けられるなんて、運がいいと思うしかなさそうだ。