第19話 スパルタレッスンその2
「ど、どれくらい……? どれくらいの大きさで?」
「ん~歯医者さんに言われた時くらい」
曖昧すぎる。唯花が言うことは大体が曖昧だ。それに慣れたはずなのに、どうしてこうも言うことがはっきりしないのか。
「あががー! こ、こんなに開けなくてももも……」
「はい、ストーップ!! キープしてね」
「あがー!?」
唯花の靴下を脱がしたり履かせたり、それはすぐに慣れた。決してスムーズにはならないものの、恥ずかしさは今のところ消えて無くなった。
しかしその次に始まったのが問題だ。いわゆる「アーン」な食べさせをしたいらしく、俺の口にチョコを入れようとした。
だがダークチョコ並に甘くは無く、唯花は俺が開けた口の中に入れることが出来なかった。人に食べさせることの難しさを実感したのはいいとして。
納得の行かない唯花は、俺の口の大きさを指示し始めた。
そんな状態を数時間もキープ出来るはずも無く、タイミング悪いところで口が勝手に閉じまくり状態である。
「あー! 勝手に閉じるな! すぐ開ける! 開けろー!!」
あごがどうなっているのか怖すぎだ。これが果たしてバトラーとしての"仕事"なのか。こんなスパルタでは俺もさすがに納得出来そうにない。
おかしな感触のままだが、ここは唯花に強く言うことにする。
「ふゅひか!! ほまえ、いいはげんにひろー!」
「えっ!?」
唯花との距離はほぼゼロ距離。こんな状態で動くと思っていなかったようで、唯花の方が驚いて固まっている。
そこからの動きを予想していなかった俺は、唯花の顔を超速で避け足下に向けて突っ込んだ。この状態で唯花の顔に近付くわけには行かなかった。
――しかし。
「うわ、キモッ……気持ち悪いよ、カズキ……そういうことしたいんじゃないよね?」
「――っひはう!」
「バカッ!! 変態! 早く離れろ!」
「はひっ」
顔では無く足下。つまり、唯花のおみ足に突撃していた。
口の感覚が麻痺していて、正直言ってキモい呼ばわりされても実感がわかない。
だが口元は確かに唯花の足についている。こんなことでまたしても変態認定されるなんて、ついて無さすぎるのではないだろうか。
――それからしばらくして、ようやく開けまくった口が元に戻った。唯花も落ち着いたようで、俺の目を見ることが出来なくなっている。
悪いことをしたことに気付いたのはいいとして。バトラーとして必要な動きだったのかを問いただす必要がある。
「唯花。口の「あーん」な動きは趣味じゃないよな?」
「違うし。カズキがそうして欲しそうだったからやりたくなっただけだし……」
「どこのどんなタイミングで?」
「……キスしたそうに見てた。だから食べさせる動きくらいはしてあげれた。そういうことだけど、お分かり?」
これはずるい返事だ。キスのことを勘繰られると、俺からは何も言えない。
そもそもこんなことを、仮にも義妹にやってること自体おかしいはず。
ここは冷静になるべきだ。そうじゃないと、バトラー高校生活がかなり危険なことになる。
「いや、分からないな。唯花にキスとか、それは無いな。そういうのはまだ早い」
「あの人とはしたくせに?」
「そりゃぁ、元カノだったわけだし」
今さらながら、元カノとの唯一の思い出がキスだけとか。思い出したくも無いし忘れかけていた。しかし唯花が気にすることでは無いはず。
「ふーん……文化違いもここまで来るとがっかりレベル。カズキは大げさすぎ! 大したことないはずなのに、つまんない男だよね」
さすがにJK相手にはしたらいけないことくらい分かる。これだけはスパルタレッスンに関係無く貫きたい。
「元々な。そういう奴だ」
良くない兆候だ。このままだとまた部屋を追い出されそう。
「面白くなろうとは思わないの?」
「そう言われてもな……」
「青春に付き合ってくれるって嘘?」
まさかこの一連の流れもそれに含まれるのか。何か違うような気もするが……。
「いや、付き合うけど」
「じゃあ、それでいい!」
何が何だか……しかし唯花の表情は途端に明るさを取り戻した。まさかと思うが別の意味で取ったわけじゃないよな。
「あーん」な食べさせも曖昧に終わりそうだが、次こそ確実に実行しなければ。




