獄潰し:僕は小説家。
とうとうやってきました獄潰し本番!時雨の運命やいかに。
―――――――
「で、先生これから“時雨”君をどのように動かすおつもりで?」
比較的整理整頓されているマンションの一室、そこで眼鏡をかけて聡明そうな一人の女性が小首をかしげる。少しだけ厳しそうなイメージを持たせるスーツ姿とその表情はパソコンの前に座っている一人の小説家へと向けられていたのだった。
「え、ええっとねぇ……まぁ、今回の締め切りは間に合ったんだから次に関してはちょっと決めかねている所なんだ」
「そうなんですか?」
パソコンの前に座っていた天道時時雨は最小化させていたひとつのアイコンを再び表示させる。
「これ、幼馴染との約束に別の女友達を連れて行くか、二時間以上前から待っておくかのどちらかにしようかなぁって考えてるんだ」
「へぇ、女友達を連れて行くのはなぜですか?」
「うん、“時雨”の幼馴染は彼のことをすごく頼っている、だから自分でも決めかねていることをどうすればいいか尋ねようとしているんだ。そして、“時雨”のほうは女の子の悩みなら女の子のほうが詳しいんじゃないかと妙に勘ぐっていて女友達を連れて行ったんだよ」
ああ、なるほどと手のひらをぽんとたたいてうんうんとうなずく。
「じゃあ、次の小説のことは先生にすべてお任せしてよろしいんですね?」
「うん、大丈夫だから……霜崎さんにはいつも迷惑をかけちゃって」
「いえいえそんな」
少しばかり照れたようなしぐさを見せたが次の瞬間天道時時雨の担当である霜崎亜美の表情が変わった。
「ところで先生、少し聞きたいことがあるんですけど……千佳さんってどなたでしょう?」
時雨の青白い顔がいつもより青白くなったがすぐさま切り返す。
「千佳?ああ、千佳っぺ……じゃなかった千佳さんね?千佳さんはほら、輝さんの妹さんでしょ?双子の」
「では、由佳さんもそうだと?」
「そ、そうだよ〜、由佳さんは千佳さんと双子で妹だよね?そ、それがどうかしたの?」
あははっ……と笑って時雨は後頭部を掻く。その仕草をじろっと見ながら亜美は続けるのだった。
「…………先生、私たちの関係ってどんなものでしたっけ?」
「そりゃあ……売れない小説家とその担……彼氏と彼女〜……ですねぇ、うん」
目つきが変わったところでパソコンのほうへと視線を移してうつむき加減にぼそっと言う。
「先生、先生が以前書いた小説『二股男の断末魔』って小説どうなりましたっけ?」
「ええっと、それまではずっと一人に心を奪われていたんだけど最後は浮気をして、最初好きだった人に……」
ごくりとつばを飲み込み苦しそうに時雨は笑った。
「あぁ〜、あれはねぇ、もともともてる男がにくいなぁって、一人の女性をちゃんと愛しろよって思って書いたものなんだよ……浮気はよくないってね」
「そうだったんですかぁ、つまり世の男に対して注意を促す小説ということですね?二股はしては駄目だと?では、三股だったらどうなるんでしょうか?先生の意見を聞いてみたいんですけど?」
「そ、そうだね……ちょっとよくわからないかな、はは……」
「私としてもこの件についてはよくわかりませんから……まぁ、後は先生しだいです……ところで先生、今度一緒にゆっくりと温泉街にいきませんか?」
にこりと笑う亜美に乾いた笑みを見せる時雨。
「そ、そうだね……時間があったら……というか、とりあえずすぐに次の小説に取り掛かろうかなって思ってるんだ、僕」
「そうですか、それは残念です……では今日のところはこれで失礼しますね」
ぱたんという音が響いてこつこつこつという音が遠ざかっていく。完全に遠ざかったのを確認して時雨はため息をつくのだった。
「……“時雨”にも僕と同じ苦しみを味あわせてやるという路線がいいのかもしれないな」
パソコンのキーボードをたたき始める時雨のその背中は哀愁を感じさせるものだった。