第8話 ピエロ
この世の中には、根っからの悪人というものが存在する。
他人を平気で傷つけ、奪い、殺す。
人としての道徳を失った者たち。
このナーロッパにおいても当然そういった悪党が数多くいる。
一人の男が海岸沿いを歩いている。
真っ赤な髪のアフロに、おしろいでも塗っているのか真っ白の顔。
真っ赤な口紅が唇のサイズを無視して分厚く塗られ、左目の目尻には黒い涙のようなものがあり、鼻にはピエロが付けているような赤くて丸いおもちゃが付いている。
上下揃って赤と白の派手なストライプ柄の服装。
男はピエロそのものだった。
機嫌がいいのか鼻歌を歌っている。
そこへ一人の男が、まるで高所から飛び下りてきたかのように、上から降ってきて着地を決めた。
前触れなく現れた男は、日本人だろうが黒髪で背は高く、赤いロングコートが似合うイケメンだ。
なぜかピエロに対して後ろを向いている。
「お前だな、無差別に殺人を犯しているピエロってのは。あいにくだが、ここでお前の人生はジ・エンドだ」
イケメンは振り向きざまに腰に付けたホルスターからリボルバーを取り出し、ピエロにその銃口を向けた。
ジ・エンドのセリフと、銃口を向けたタイミングが同時であった。
「誰だい?」
「死にゆく者に名前は必要ないだろ?」
「君の墓に名前を刻めないでしょ? イッヒヒヒ」
それを聞いてイケメンが肩をすくませる。
「それで? その銃でどうするっていうんだい? まさか僕の後ろの穴に入れるんじゃないだろうね? 悪いけど僕はそっちのけはないよ。イーッヒッハッハ! ウーッフッフッフ」
「お喋りは十分だ……お祈りは済ませたか?」
「君を殺した後にしてあげるよッ!」
ピエロがナイフを投擲する。
常人では到底避けることはおろか、視認さえ難しい速さだ。
しかし、イケメンは頭を少し傾げただけで躱すと同時に、ピエロに向かって躊躇なく引き金を引いた。
爆音とともにマグナム弾が発射され、精確にピエロの顔面の正中線へと向かって飛んでいく。
だが、ピエロに着弾する前に壁のようなものに弾かれた。
物理障壁だ。
物理障壁とは、物理攻撃に対する魔法の盾である。
弾丸の当たった場所から波紋が広がり、透明な壁があることを認識させる。
すると、ピエロが左手、右手とその透明な壁に向かって手をついた。
そのまま手を動かさずに体だけ左右に動かす。
ピエロの代表的なパントマイムだ。
左右に動くのをやめると今度は、まるで自分が壁に囲まれているかのように一回転し、さらにはその透明の壁を拳で叩き、ここから出してくれとでも言わんばかりのジェスチャーをする。
イケメンはその滑稽な様を黙って見ていたが、突然後ろに向かって大きく宙返りをした。
空中にいるイケメンの体の下を、ナイフが後ろから通り抜ける。
ピエロが先ほど投げたナイフが、Uターンをして戻ってきていた。
「ハッ! イッツショータイム!」
華麗に着地を決めたイケメンが両手を広げたポーズでそう言うと、ピエロの眉が吊り上がる。
ピエロが次々とナイフを投擲する。
三本のナイフが、まるでジャグリングしているかのようにイケメンを前後から襲う。
左右に移動し、時には宙返りし、時にはイナバウアーのように上体を反らしてスタイリッシュにナイフを避け続けるイケメン。
その間もピエロに向かって引き金を引くが、どれも物理障壁に阻まれてしまう。
リボルバーはオートマチックと比べて装填数、装填速度で劣るのが常識だがそこはなろう主人公。
ラッチを押して左側にシリンダーをスイングアウト、排莢の後、スピードローダーで再装填し、リボルバー本体を右側にスイングしてシリンダーを戻す。
全工程で一秒足らず。
再装填の際のスピードローダーと弾丸は、イケメンの錬成スキルで瞬時に作成されている。
錬成スキルとは、あらゆる鉱物や金属などを無から生み出すスキルである。
なら撃った端から新しい弾丸を作っていけば、リロードしなくていいじゃないかと思うかもしれないが、そこにはイケメンのこだわりがあるのだろう。
男にはロマンが必要なのである。
しばらくの攻防の後、イケメンがピエロに向かって突撃していった。
遠距離に慣れきっていたピエロは唐突の状況の変化に泡を食う。
イケメンは正面から飛んできたナイフを薄皮一枚切らせて掻い潜り、瞬く間に肉薄してリボルバーの銃口をピエロの口の中に突っ込んだ。
「チェックメイトだ」
引き金を引くと、ピエロの後頭部が弾け飛び、辺りには銃声が響き渡った。
ナイフが地面に落ちる。
いかに物理障壁と言えども密着した状態では発動できなかったようだ。
リボルバーを引き抜くと、ピエロは上を向いた状態のまま固まっている。
すると次の瞬間、あり得ないことが起きた。
ピエロが右手でイケメンの首を掴んだのだ。
「うっ! ガハッ……!」
「なんで? なんでピエロは死んでないの? それはね、不死身だからさ」
前半の質問部分を裏声で、後半部分を普通のトーンで喋るピエロ。
イケメンを右腕一本で持ち上げていく。
ピエロの後頭部はすっかり治っていた。
イケメンは拘束されながらもピエロにマグナムをぶち込んでいくが、傷はすぐに元通りとなってしまう。
ピエロの左手にナイフが戻ってくる。
それをイケメンの腹部に突き刺した。
「ぐっ……!」
「イッヒ! 僕はね、人間を見るとついいたぶっちゃうんだ。どうして? どうしてピエロはいたぶるの? それはね……みんなも一緒にやってみようよッ!」
例によって質問部分を裏声で喋るピエロはナイフを引き抜くと、すぐさま別の個所に刺し入れる。
イケメンが苦痛に顔を歪める。
吐血する人間を見て愉悦に浸るピエロ。
するとイケメンがリボルバーを放り投げ、その手に自身の身長ほどはあろうかと思われる長い剣を生成した。
それをピエロの口の中へ突っ込む。
上を向いたピエロの口から差し込まれた剣は、胴体を縦に貫通して股間から飛び出し、地面へと到達した。
地面に張り付けられた格好のピエロは、焦ってイケメンもナイフも離して剣を掴む。
剣を口から引き抜こうとするが、まるで地面と一体化したかのようにびくともしない。
解放されたイケメンはすぐに自分で作った特製のポーションを口に含むと、みるみるうちに傷が塞がっていく。
地面に落ちたリボルバーを拾うと、ホルスターに収め、ピエロに近づきながら喋りかける。
「道化のお前にはお似合いの姿だな。どうした? マジックのタネを仕掛け忘れたか?」
「――ッ!」
「そろそろフィナーレだ」
イケメンがピエロに向かって両手をかざすと、ピエロの体がなにか黒いものに覆われていく。
「俺が作り上げた、この世界で最も硬い金属だ。ちょうどいい。お前の人生最後の曲芸をプロデュースしてやるよ」
ピエロが頭を残して弾丸の形に包まれていく。
それが終わると今度は大砲の作成に取り掛かり、あっという間に巨大なキャノン砲が出来上がった。
イケメンはピエロの口から生えている剣を握ると、砲口に向かって一振りする。
イケメンの手に剣を残して、ピエロだけが空を飛ぶ。
「死ねええええ! てめええええぇぇぇぇ……」
ピエロが砲口に収まったかと思うと、絶叫とともに砲身の中へと吸い込まれていった。
「火薬は奮発しといてやったよ。花火は派手なほうがいいだろ?」
スリー、ツー、ワン、とカウントダウンとともにスタイリッシュな決めポーズを見せていくイケメン。
そして、ゴーと同時に腰のホルスターからリボルバーを取り出し、キャノン砲の発射レバーに向かって引き金を引いた。
顔は明後日の方向を向いている。
轟音と地響きとともに、ピエロの弾丸が45度の角度で発射される。
「イーーーーーーーーハアアアアァァァァ……」
一瞬で人間の目では視認できない距離まで吹っ飛ぶピエロ。
やがてはカーブを描いて海へと落ち、そのまま沈んでいく。
ピエロは不死身であるがゆえに、水深3,000メートルの暗い海底にて、永遠に溺死を繰り返すはめになるのだった。