第6話 キング
ナーロッパに唯一と言っていい、文明的で巨大な都市がある。
その名を、キングダム王国という。
王の名前を知る者は少ない。
ただ、キングと呼ばれ、多くの者に敬愛と尊敬をされているが、恐怖の対象として見る者もいる。
キングは王国内での犯罪を禁止しており、罪を犯した者には死が与えられる。
しかし、この世界は普通ではない。
なろう主人公が跳梁跋扈する無法地帯である。
通常なら犯罪者であるなろう主人公を捕まえることは至難の業だ。
だが、キングには多くの賛同者や忠誠を誓う者たちがいる。
その者たちの多くがなろう主人公である。
目には目を、なろう主人公にはなろう主人公というわけだ。
キングがトップに君臨し続けるのはその特殊能力のおかげではあるが、王としての素質があった。
王国のことを第一に考え、悪を許さぬ正義の心を持ち、そしてなにより人々を引き付けるカリスマがあった。
欠点としては、女好きであることだろうか。
キングは王国をより発展させるために邁進している。
そのために、今日もまた一人のなろう主人公が玉座の間へと連れてこられた。
「もう、なんなの。手短に済ませてよ? この後デートの約束があるんだ」
僕は三人の男たちに連れられて玉座の間に入った。
広い。
天井が高くてシャンデリアがいくつも吊り下がっている。
正面を見ると三段ほど階段のように段差があり、その上に、たぶんこの国の王といわれる人が玉座に座っていた。
ひじ掛けに頬杖をつき、こちらを品定めするように見ている。
王冠をかぶり、白いもこもこのついたマントを羽織り、いかにも王様でございって格好だ。
不自然なほど金髪な外巻きカールに、とってつけたような金髪の髭。
東洋系の顔と、裾から見える黒いすね毛は、彼が日本人であることを想像させる。
ふかふかの赤い絨毯の上を歩いていき、玉座の前まで連れてこられた。
取り巻きの男たちが僕から離れていく。
僕は今まで我慢してきたが、コスプレ丸出しの姿に思わず失笑してしまった。
「それで? なんの用なの?」
「貴様ぁ! キングに対してその口の利き方はなんだ!」
取り巻きの男たちが騒ぎ立てるが知ったことじゃない。
「なんの説明もなしに、突然連行してきたあなたたちにはこれで十分でしょ、なにか文句ある?」
取り巻きの男たちは鬼の形相でこっちを睨みつけてくる。
おぉ、怖い。
「これは大変申し訳なかった。心から謝罪をしよう」
王が頭を下げて謝ってきた。
取り巻きの男たちに動揺が広がり、玉座の間がざわつく。
僕も、まさかいきなり謝られるとは思ってなかったので驚いた。
「ハァ、もういいですよ。それで?」
「私の名は……キング。みなにもそう呼ばれている」
「……はぁ」
「君をここまで連れてきたのには理由があるのだ」
「だからそれを早く言ってよ」
「……その前に、私がなぜキングと呼ばれ、この国の王でいられるのか。それを教えてあげよう」
僕が黙っていると、突然風が吹いたような気がした。
ここには窓だってないのに変だなと、違和感があったそのとき。
僕の意思に反して体が地面に倒れていく。
困惑しながらも踏ん張ろうとしたとき、見てしまった。
僕の右脚が、根本から切断されているのを。
認識した瞬間に今までの人生で感じたことのない痛みに襲われる。
視界がぐにゃりと曲がり、すぐに暗転していった。
ハッと気が付くと、僕は玉座の間に入るところだった。
いつの間にか僕の周りに男たちがいて、連行されている最中みたいだ。
下を向くと右脚はなんともなっていない。
だが、痛みを感じたことは脳が記憶している。
おかしい……。
夢というにはあまりにリアルだ。
汗がどっと噴き出る。
先ほど見た通りの玉座の間。
その奥には王が座している。
赤いふかふかの絨毯の上を歩いていく。
白昼夢だったとでもいうのだろうか。
やがて、王の前まで連れてこられると男たちが離れていく。
「それで……なんの用ですか?」
「貴様ぁ! キングに対してその口の利き方はなんだ!」
既視感に襲われて僕が黙っている間も、取り巻きの男たちが騒ぎ立てている。
「静まれ」
王の一言で玉座の間は静寂に包まれる。
「たった今君が体験したことが、私を王たらしめている理由の一つだ」
心臓の鼓動が速い。
理解できない恐怖に駆られる。
あれは現実に起こったことだというのだろうか。
しかし、右脚は確かになんともない。
わけのわからない不安に襲われ、体が無意識のうちに震えていた。
「端的に言おう。私の能力は時間を戻すこと。私の意思で、私の好きな時間まで時を遡ることができるのだよ」
時間を戻す。
そう言われてやっと点と点が繋がった。
しかし、理不尽だ。
なんでもありじゃないか。
僕もそういう能力を貰えばよかった。
「付け加えてここが結構重要なのだが、時間を戻したことを覚えているのはもちろん私と、そして……私の決めた人物だけだ。今回は君だけということになる」
時間を戻したことを、覚えているかいないか王が決める?
なんだ?
他人が時間を戻したことを覚えていることが、なにかメリットになるのか?
自分だけが覚えていればそれでよくないか?
他人が覚えてたら使いにくくなるような気がするが……。
「なぜそんなことが必要なのかわからないって顔だな。だが今にわかる」
王はゆらりと立ち上がると、ゆっくりと階段を下り、僕の目の前までやってきた。
威風堂々とはこういうことだろう。
不自然なコスプレ姿にもかかわらず、王からはなにか、オーラのようなものさえ感じた。
「それでは質問をしよう。君は神からなんの能力を貰った?」
「それは……なんだっていいでしょう」
答えた瞬間、両足に衝撃が走った。
咄嗟に下を向くと、僕の両足が根本から切断されている。
僕は絶叫し、この後確実に襲い掛かる痛みに恐怖した。
僕の体が後ろへと倒れていく。
激しい痛みがやってくる。
視界が暗転していく。
気が付くと、王は椅子に座っていて、立ち上がるところだった。
条件反射のように下を向くと、両足は確かにくっついている。
僕は安堵し、すぐさま今の出来事が王の時間戻しのせいだと理解した。
しかし、僕の呼吸は荒い。
王が階段を下りてくる!
コツコツという足音が、死の宣告のように感じられた。
怖気で全身の震えが止まらない。
「それでは質問をしよう。君は神からなんの能力を貰った?」
先ほど聞いたばかりの質問をされた。
ゴクリとつばを飲み込む。
動悸が激しい。
この王に逆らってはいけない。
僕はそのことを脳に刻み込んだ。
「レベルを最大まで上げてもらいました」
そう答えると、王はニヤッと笑った。
「そうか。質問は以上だ。手間を取らせて悪かったね」
「ありがとうございます」
僕は自然と王に向かって頭を下げていた。
細胞レベルで屈服したのだろう。
「ところで、私のこの時間を戻す能力には名前がついていてね」
「なんという名前でしょうか?」
「キングアンドクイーン(愛をとりもどせ)さ」
僕は思わず噴き出した。
しまった!
王の策略なのか?
なんで日本語訳みたいなのがついてるんだ!
「失礼しました!」
「ははは、構わないさ。面白いだろう」
王が怒っていないことに、胸をなでおろした。
器がでかいということだろうか。
「では最後に、今日の復習といこうか。それが終われば君は自由だ」
「えっ、復習ですか?」
「そうだ。私は寛容ではあるが、礼を失する者には容赦はしない。君がどちらであるか。それを確認させてもらおう」
気が付くと、僕は玉座の間に入るところだった。
いつの間にか男たちに囲まれて連行されている。
何度も体験すればわかる。
王の時間戻しだ。
僕は王の前まで連れてこられると、すぐに片膝をつき、頭を下げて敬意を示した。
今日の仕事が終わり、フィッティングルームへ向かっていると、廊下の先から恋人の一人が歩いてきた。
背は低めで体形も細めだが出るところは出ていて、なんといっても顔がすごいかわいくて超タイプだ。
王国内でも大変人気があり、まるでアイドルのような存在になっている。
僕はキリッと顔を引き締めた。
「今日はどうだった?」
「いつも通りの一般人だったよ」
「そう、中々いないわね」
「しょうがないさ、人間なんてそんなものだよ。それにいつまでも生産系に頼ってばかりじゃ王国の未来は――」
「女じゃなかったでしょうね?」
「お、男だったよ」
「あっそ、ならいいけど。また女を連れ込んでるの見たらその女は殺すから」
「あ、あはは……」
僕は逃げるようにフィッティングルームへ入り、急いで扉を閉める。
そして扉に耳を近づけて外の様子を伺う。
恋人の足音が遠ざかっていく。
ふぅ、最近態度が冷たいな。
まぁ、しょうがないけど。
鏡の前に座り、王冠やヅラを外していく。
次に髭を取ろうとしたとき、ふとあることに気が付いた。
ガタッと椅子を弾いて立ち上がる。
い、いつからだ?
頑張って記憶をより戻す。
朝見たときには確かに……。
いや!
今日はしてない!
してなかった!
なんてこった……。
こんなんじゃ王の威厳もなにもあったもんじゃないよ……。
うぐぅ……あっ!
そういえば今日の奴も僕の前まで来たとき笑ってやがったな!
ちくしょう!
駄目だ!
やり直し!
時間が遡る。
一日が、なかったことになる。
原因は鼻毛が一本出ていたため。
キングにとっては些細なことだが、今日玉座の間に連行された者にとっては悪夢の再来だった。