第5話 覚醒
ナーロッパは不思議なことに、ゲームの世界と現実とが混在している。
今ここに、ゲームの世界におけるなろう主人公たちが満を持して激突する。
その日も、ユウタたち四人のパーティは荒涼な大地を歩いていた。
パーティメンバーは、なろう主人公であるユウタ。
ロリ担当のアリス。
オッドアイのソフィ。
そして、アホ毛のメアリーだ。
四人の前方から一人の男が近づいてくる。
なろう主人公であるセツナだ。
ユウタが先頭に立ち、セツナと相対する。
しばしの間、にらみ合う二人。
「……一人か? やめておけ、俺のレベルは99だ」
ユウタの問いに、セツナがフッと笑った。
笑いごとではない。
ゲームにおけるレベルは絶対であり、1違うだけで勝てなくなることも多い。
この世界の住人が到達できるレベルは30程度であり、ユウタのレベルはもはや常軌を逸している。
「一人か? だと? てめぇに仲間を殺されたんだよぉおおおおおおおお!」
セツナが叫ぶと同時に動く。
次の瞬間にはソフィの背後に移動していた。
刀を振りぬいた姿勢で。
辺りがしんと静まり返る。
なろう主人公であるユウタがまったく反応できない速度であった。
ユウタが慌てて振り返るとそこには、胴体が二つに分かれていくソフィの姿が映った。
「ソフィイイイイイイイイ!」
ユウタがソフィのもとへ駆けつける。
アリスとメアリーはまだ現実を受け止められずに呆然としていた。
ソフィの上半身を抱きかかえるが、オッドアイがユウタを捉えるべく動く気配はない。
ユウタの悲しみは怒りへと変わっていき、脳が熱を帯びたような感覚に陥る。
怒りの臨界点に達したとき、ユウタの中で、ゲームを逸脱したなにかが起こる。
それはレベルの限界の突破をもたらす覚醒であった。
ユウタはソフィを地面に降ろすと、瞬く間にセツナへと肉薄し、剣を振るう。
セツナは驚いた様子でその剣を受け止めた。
そこからはユウタの一方的な攻撃が始まり、セツナは苦悶の表情を浮かべる。
セツナはすべてのステータスが限界まで上がっていた。
いかにユウタのレベルが限界まで上がっていたとしても、ステータスまでは限界には至っていなかったはずだ。
にもかかわらず押されていることに焦っていた。
混乱したセツナは一瞬の隙をつかれ、刀を跳ね上げられた。
セツナの胴体ががら空きになる。
そこへユウタの蹴りがみぞおちに食い込んだ。
「ゲハァッ!」
セツナの体がくの字のまま後ろへ吹っ飛び、ゴロゴロと転がってうつ伏せの状態でようやく止まる。
血反吐を吐きながらセツナは、再びユウタに負けることを悟り、自嘲気味に笑った。
ユウタに仲間を殺された後の数年間、修行に明け暮れた日々を思い出す。
だが、ユウタには一歩及ばなかった、と諦めかけたそのとき。
夢か幻か、死んだはずの仲間の一人が、セツナの目の前に立っていた。
「セツナ、アンタは子供のころからなんでも器用にこなしちゃうから努力って言葉とは無縁だったわね。でも今は違う。努力したアンタは誰にも負けないって、私知ってるから。だから……だから諦めないでよね」
「アスカ……!」
セツナの身に、ゲームの中ではあり得ないことが起こる。
それはステータスの限界の突破をもたらす覚醒であった。
セツナはゆらりと立ち上がると、一瞬のうちにユウタに切り掛かっていた。
セツナのいた場所の地面がえぐれている。
非現実的な力を得たセツナに、今度はユウタが終始劣勢に追い込まれる。
なんとか凌いでいたユウタだったが、ついには剣がはじかれて空を舞い、放物線を描きながら大地へと突き刺さる。
ユウタは観念したのか目を閉じる。
セツナはほくそ笑むと、躊躇なくユウタの胴を薙いだ。
姿勢を正し、刀を鞘に戻すとセツナの顔が驚愕に彩られた。
目の前にいたのはユウタではなく、アリスであった。
自分と対象者の位置を交換する、トランスロケーションの魔法だ。
アリスの胴体が二つに分かれて倒れていく。
「ア……アリスゥウウウウウウウウ!」
ユウタは声を振り絞って叫ぶ。
アリスのもとまで駆けつけると上半身を抱きかかえ、名前を呼び続けるが応答はない。
ユウタは自分の不甲斐なさを呪った。
自分が弱いからこの悲劇は起こったのだと。
アリスを殺したのは自分であると。
己への怒りの感情が増大していく。
ユウタの身に、ゲームの中では通常考えられないことが起こった。
それはレベルの限界をさらに突破する覚醒。
ユウタはアリスを地面にそっと下ろすと、次の瞬間にはその場から消え失せていた。
セツナは背中にぞわりとしたものを感じると素早く振り返り、ユウタの初撃を間一髪で受け止めた。
ユウタは鬼の形相ででたらめに剣を振るうが、その尋常ならざる力は一振りごとに突風が起き、大地を切り裂いていく。
ぎりぎりで凌いでいたセツナであったが、その死の綱渡り状態に耐えきれなくなったのか精彩を欠いていき、段々とユウタの剣がセツナの体を捉えていく。
皮膚が裂け、肉を切られ、セツナは自身の死を予感する。
セツナの脳裏に、走馬灯のように過去の出来事が映し出されていく。
仲間の一人の死に際のシーンを思い出す。
仲間は心臓を一突きされており、じわじわと服を赤く染めていく。
セツナは横たわった仲間の手を握っている。
「セツナ、ごめん、やられちゃった。セツナはまだこっち側にはきちゃ駄目……だからね。あぁ、もっとセツナと色んな所……一緒に……セツナ……好き……たよ」
セツナの体に、ゲームの中ではまず不可能なことが起こった。
それはステータスの限界をさらに突破する覚醒。
追い込まれていたはずのセツナが徐々に盛り返し、気が付けば今度はユウタが劣勢に立っていた。
その後もかわりばんこに一回ずつ覚醒した二人は、人智及ばぬ神と神の戦いを繰り広げる。
大地をえぐり、海を切り裂き、巨大地震が発生し、竜巻が次々と生まれていく。
戦いは三日三晩続いた。
二人とも体力の数値が桁違いに高くなったためだ。
しかし、いつ果てるとも知れない災厄は唐突に終わりを告げる。
一人の男が、二人のいる場所へ向かって悠然と歩いてきた。
黒髪で、背は若干低めの細身の体形、そして幼い顔つき。
どうせ日本人だろう。
ユウタとセツナは男の異様な殺気を察知すると、互いに距離をとって身構えた。
「死にたくないなら消えろ。目障りだ」
「あんた誰? 邪魔するなら殺すよ」
二人は男を威嚇するが、当の本人はお構いなしにどんどんと距離を詰めていく。
男は笑いながら歩を進めていき、三人を頂点とした正三角形の位置で止まった。
「僕を殺すだって? 面白い、やってみてよ。二人同時でいいよ」
男は武器も身に着けておらず、あまつさえポケットに手を突っ込んでいる。
しかし、この殺気。
まるで男の周りの空気が震えているようだ。
神の領域に足を踏み入れた二人が冷や汗をかく。
只者ではない。
すると、男が衝撃的な一言を放った。
「僕のレベルは∞だよ」