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第3話 名前

 異世界の大陸ナーロッパ。

 この不毛の大地では、今日もまたそこかしこで戦闘が行われるのである。 


「待って~、タケシ~!」


 タケシと呼ばれた男は歩みをやめて振り返った。

 黒髪で、背は若干低めの細見の体型、そして幼い顔つき。

 日本人だ。

 白いロングコートを身にまとい、荷物や剣といったものは持っていない。

 彼のそばには赤髪の美少女と青髪の美少女がいる。

 三人の後ろを走って追いつこうとしているのは黄髪の美少女だ。

 彼女たちがどこの出身かは見た目からは判断できない。

 顔はアニメ顔で、髪色はペンキをぶちまけたような原色だ。

 おそらく、三人の美少女はタケシという男のことが好きなのだろう。

 王道のなろう主人公である。

 やがて、黄髪は三人に追いつくとタケシに声を荒らげた。


「なんで私を置いていくですか! ひどいですよ!」

「お前こそ、なんで王都を出てきちゃったんだ? あそこにいれば、ひとまずは安全だったのに」

「そ、それは……タケシに借りを返すためだよ! 借りた恩はドンッて返すものだって、じいちゃんも言ってたし、うん」


 顔が赤くなった黄髪は支離滅裂なことを言っているわりには、うんうんと一人で納得している。


「なに言ってるのかわかんないけど、ついてきちゃったからにはもう後戻りはできないんだぞ? いいのか?」

「もちろん! タケシについていくって決めたんだからね!」


 黄髪はビシッとタケシを指差した。

 タケシはやれやれといった感じで肩をすくめたジェスチャーをすると、赤髪のほうへ顔を向けた。


「まぁ、いいんじゃないの? 戦力にはなるだろうし」


 それを聞いてタケシは青髪のほうへ顔を向ける。


「私はタケシの決定に従うまでです」


 二人の意見を聞いたタケシは大仰にため息をつくと黄髪のほうへ向き直り、握手を求めて右手を差し出した。


「わかった。これからよろしくな」

「うん!」




 一方そのころ、四人からそう遠く離れていない場所を、一人の男と一匹の魔獣が連れ添って歩いていた。

 男は黒髪で、背は若干低めの細身の体型、そして幼い顔つき。

 日本人だろう。

 野球帽を目深にかぶり、釣りをする人が着ているような、ポケットのたくさんついたベストを着ている。

 下は短パンだ。

 魔獣のほうは、全身は黄色でほっぺだけがリンゴのように赤くなっており、ねずみを一回り大きくしたようなかわいらしいフォルムをしている。

 ただ一つ、その人を殺すことを厭わないような凶悪な目つきさえ除けば。

 戦争を体験した人物は、たった数か月だけでもがらりと人相が変わるらしいが、それは魔獣も例外ではなかったようだ。


「サトシ、テキダ」


 魔獣が警告を発した。

 サトシと呼ばれた男は素早く身をかがめ、周りを見渡す。


「ゼンポウ、ヨン、コチラニムカッテキテイル」


 サトシは胸のポケットから一枚のカードを取り出し、前に掲げるとなにやら呟く。

 すると、カードから光が溢れ、赤いドラゴンのような魔獣が実体となって現れた。

 解放感からか示威のためか、あるいはその両方か、咆哮とともに翼を広げると周囲の空気を震わせる。

 伝説にうたわれるような巨大な大きさではなく、二足立ちしているドラゴンは成人男性くらいの高さで、皮膚には鱗も生えておらず、全体的につるりとしたフォルムをしている。

 二つの角と鋭い爪、そして凶悪な牙。

 開いた口からは呼吸に合わせて炎がこぼれ、戦いへの愉悦と渇望からだろうか、よだれが垂れていた。

 そして、黄色いねずみのような魔獣と同じく獰猛そうな目は瞳孔が開き、獲物を探してギラついている。

 やがて、サトシも四つの人影を認めた。




「みんな止まって、敵よ」


 赤髪がそう言うと、他の三人が警戒を強めた。

 タケシは前方に三つの人影らしきものを発見する。


「本当に敵か?」

「えぇ、ものすごい殺気を放っているわ」

「どうする? 避けていくか?」

「無理です。敵はすでに臨戦態勢に入っています」

「私はいつでも戦えますよ!」


 四人が話しているうちに、三つの人影のうち一際大きな影が空へと舞い上がると、すごいスピードでこちらへ向かってくる。

 タケシはその飛行する物体が完全に視認できた。


「あれは! リ……ドラゴンだ! 敵は召喚師! みんな! 散開しろ!」


 四人は直ちに散開して攻撃に備える。

 ドラゴンが黄髪に狙いを定めた。

 口を大きく開けると中から炎が噴き出す。

 灼熱のファイアーブレスだ。

 まるでかえんほうしゃ器のように猛然と炎が黄髪に迫る。

 タケシが黄髪と炎の間に割り込み、魔法障壁を張った。

 魔法障壁とは、魔法攻撃を遮断する透明の盾である。

 炎は魔法障壁にぶつかり拡散する。

 それでもなお、ドラゴンはファイアーブレスを吐き続けるが、魔法障壁が壊れる様子はない。

 空中で留まっているドラゴン目掛けて赤髪がファイアーボールを放った。

 だが、こうかはいまひとつのようだ。


「駄目! 魔法が効かないわ!」

「違う! あいつには……」


 タケシは魔法障壁を張りながら、青髪に指示を出した。

 青髪がそれを聞いて魔法の詠唱を始める。

 ドラゴンがファイアーブレスをやめて青髪のほうへ首を向けた。

 口を再び大きく開けると、今度は青髪に向かってファイアーブレスを吐く。


「ウォーターキャノン!」


 青髪のかざした両手から水が高圧で噴射した。

 さながらウォータージェットを何十倍にも太くしたかのようだ。

 ウォータージェットとは、加圧した水を噴射して金属などを切ることをいう。

 水と炎が中央でぶつかり合う。

 しばらく拮抗していたが、だんだんと水がドラゴンへと近づいていく。

 青髪の勝ちだ、三人がそう思ったとき。

 突如天空から稲妻が走った。

 それは水を伝い、青髪へと直撃する。

 青髪は手をかざした体勢のまま、まるで彫像のように後ろへと倒れていく。

 遅れてゴロゴロ音が鳴り、大気が震えた。

 さまたげるものがなくなった業火は、勢いを取り戻して青髪へと襲いかかる。

 タケシが走る。

 赤髪と黄髪が叫ぶ。

 タケシが青髪に向かって右手を伸ばす。

 しかし、間に合わない。

 青髪は炎に包まれてしまう。


「あ……あ……」


 タケシは青髪が炎に焼かれるのを見ると走るのをやめ、伸ばした右手はそのままに、夢遊病者のようにフラフラと青髪のほうへと歩いていく。

 ドラゴンがファイアーブレスをやめると、青髪は全身真っ黒に焼け焦げており、かろうじて人の形を残すのみであった。

 タケシは青髪のもとまで辿り着くと崩れ落ち、乾いた大地が涙を吸っていく。

 そこへ再びドラゴンのファイアーブレスが襲う。

 タケシは素早く立ち上がり、ドラゴンのほうへ向き直ると両手をかざした。


「うぉおおおおおおおお! ウォーターキャノンッ!」


 青髪が放ったウォーターキャノンよりも太く、超高圧の水の噴射はもはや光の波動砲となって、炎もろともドラゴンを消し飛ばした。

 辺りには静寂が戻り、タケシは肩で息をしている。


「――ッ! リ……ッ!」


 サトシが空中を見上げてわなわなと震えている。

 サトシと黄色い魔獣も、この攻防の最中にかなり接近していたようだ。


「リディッキュラァアアアアアアアアス!」


 サトシが吼える。

 仲間を失った悲痛な叫びだ。

 その叫び声を契機に、黄色い魔獣がタケシに向かって電光石火の動きで突撃した。

 鋭い爪がタケシに襲い掛かる。

 だが、当たらない。

 かするだけで致命傷となるだろう、命を刈り取る形の爪は、むなしく空振りを繰り返す。

 魔獣の高速移動を上回る速度で動くタケシ。

 なお余力を持ったままひっかく攻撃をいなしている。

 もはや常人の目には追い付かないほどの速さである。

 すると、空に雷雲が発生した。

 タケシと魔獣が離れた瞬間、ピカッと、光とともに雷がタケシへと落ちた。

 轟音が辺りに響き渡る。

 口角を吊り上げる魔獣。

 落雷は十万ボルトなんて生易しいものではない、数億ボルトだ。

 常人で耐えることはほぼ不可能。

 しかし、ここはなろう主人公の、なろう主人公による、なろう主人公のための異世界。

 タケシは常人ではない。

 なろう主人公なのである。

 タケシは雷の直撃を受けたにもかかわらず平然として立っている。

 その目は魔獣を睨みつけ、憎悪に顔が歪んでいた。

 魔獣は自身の必殺技が、かすり傷さえ負わせていないことを見てとるとたじろいだ。


「バ、バカナ……」

「てめぇか……てめぇがやったのかぁああああああああ!」


 タケシは怒りに身を任せ、魔獣に向けて両手をかざすと、あらん限りの魔力を放出する。

 両手から放たれた青白い炎が、扇形に広がって魔獣を包み込む。

 周囲は一瞬にして気温が上がり、熱波が拡散していく。

 魔獣のいた場所には、わずかに灰が残るばかりであった。


「ピ……ッ!」


 それを見ていたサトシが目を剥いてわなないている。

 ドラゴンに続いてねずみの魔獣までも失ったサトシは、この世の終わりのような顔で四つん這いとなった。


「ピースオブシィイイイイイイイイット!」


 サトシが吼える。

 絶叫が木霊する。

 タケシがサトシのそばまで近寄り、冷淡に見下ろす。

 だが、サトシは四つん這いで慟哭したままだ。

 タケシは、サトシにもう抵抗の意思がないことを悟ると興味を失ったかのように、正面を見据えてサトシの横を通り過ぎていく。

 赤髪と黄髪もタケシをならってその後ろをついていった。

 ある程度距離が離れたところでサトシが膝立ちになり、天を仰いだ。


「サノバビィイイイイイイイイッチ!」

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