三
『―雫槻さん、お元気ですか。お怪我や病気など、されていないでしょうか。私は元気にやっています。もちろん、若櫻も元気いっぱいに成長しています。
最近は、前よりもおしゃまになって生意気な事ばかり言っています。 事あるごとに「とうさまは、とうさまは」と言うので、またあの子にも手紙を書いて下さると喜ぶと思います。
雫槻さんが戦地に赴かれてから、半年が経とうとしています。主のいない家は何かと寂しいものですが、若櫻が毎日健康に育ち、お義母さまも時折顔を出して下さるので、今のところ私も頑張れています。 この手紙も、あなたが早く読んでくださることを考えながら筆をとっています。
今は、中国にいらっしゃると聞きました。どうぞご自身を大切にして、約束をどうか忘れないで下さいね。
そうそう、ひとつ、御報告があります。先日、懐妊していることが分りました。ただ今六月目になろうとしているところで、お医者様の見立てでは何と双子とのことでございます。
もちろん、あなたとの子どもです。予定では生まれるのは年明けになりそうです。
また、家族が増えますよ。どうぞ、この子たちの名を考えて下さいな。良い名をお待ちしております。
それでは、またお手紙を書かせていただきます。
昭和十七年 九月十五日 狭衣』
『―狭衣さん、手紙をありがとう。あなたも若櫻も元気そうで何よりです。僕は今、中国を離れて比律賓にいます。詳しい所在や戦況は明かせませんが、何とか元気にやっています。
怪我も病気もしていません。どうぞ心配しないで下さい。それにしても、若櫻が元気におしゃべりする姿を早く見たいものです。きっと、別れた時よりも可愛らしい声で喋っていることでしょう。
できれば僕の顔も覚えていてほしいですね。
それはそうと、双子とはとても驚きました。女の子でしょうか、男の子でしょうか。今からとても楽しみでなりません。名前、少しばかり考えたので記しておきます。念のため。
男の子なら、雪成か雪壱。
女の子なら、雪花か深雪。
年明けということで、どちらも響きで考え付いたものを書いてしまいました。これにこだわらずとも、どうぞいい名前を生まれてきた子たちに。
若櫻にも兄弟ができるのですね。きっといいお姉さんになるのでしょう。米国への攻撃もあって、本格的に戦闘に入りそうです。
頻繁に手紙は書けないでしょうが、いつでも狭衣さんと若櫻と、新しく生まれ来る子たちのことを考えています。狭衣さんも、どうぞ身体を大切に。
冬は特に気をつけて下さい。滑って転んだりしないように。
それでは。
昭和十七年 十二月二十日 雫槻』
『―雫槻さん、お返事が遅くなってしまってすみません。つい一週間ほど前、無事に男の子と女の子の双子を出産しました。産後の調子が少しおもわしくなく、二・三日お医者様のところで様子を見ていました。
お義母さまとお義父さまに随分迷惑をかけてしまいましたが、 何とか回復いたしましたので、雫槻さんも心配なさらないで下さい。
双子たちは、元気に生まれてきました。双子だからか、若櫻の時よりも大分小さな男の子と女の子。若櫻は早速お姉さんで、抱っこさせろとうるさいくらいです。「わかの赤ちゃん」などと言っております。
男の子の方は、目がとても雫槻さんに似ています。女の子の方は、お鼻が若櫻の生まれた時にそっくりで、とても可愛らしいです。
名前は、いろいろ悩んだ結果、雪成と雪花と名付けることにしました。私には決めきれなくて、結局お義父さまに選んでいただきました。お義父さまは、とても喜んで命名されていました。
お写真を撮ったので、同封いたします。
早く、雫槻さんにもこの子たちを抱いてほしい。双子が生まれて、すごく今あなたに会いたい。こんなこと、言ってはいけないと十分存じています。
けれど、毎日毎日思っています。早く会いたいと。早くあなたの顔が見たいと。
この前のお返事で、大事ないと書かれていたのでとりあえず安心しております。
貧しいことには変わりないですけれど、私たちも頑張ってあなたのお帰りを待っています。
どうぞ、お気をつけて。雫槻さん、お返事をお待ちしております。
昭和十八年 一月三十日 狭衣』
『―狭衣さん、身体の方は平気ですか。小さいとは言え、二人分も産むのはさぞ大変だったでしょう。よく、頑張ってくれました。さすが私の妻です。本当に、ありがとうございます。
名前の方は気に入っていただけたようで、一安心しています。実を言えば、寝る間も惜しんで考えたのです。仲間たちに笑われてしまいました。けれど、徹夜して考えた甲斐がありました。上には怒られましたけれど。
若櫻にもよく面倒みてあげるように言ってあげて下さい。顔はきちんと見ました。雪成は男前で、雪花は狭衣さん似ですね。
若櫻もすっかり大きくなって、もう立派なお姉さんですね。それでも、実物にはかなわないのでしょう。まだ、僕の事を覚えているか時々不安になります。
最近は陸上での戦いも増え、駆り出されるときもしばしばです。そういう時、狭衣さんとの約束をきちんと守っていると、不思議と生還できるのです。
時折、思うのです。僕は、あなたや子ども達や、家族を守るためにここにいるのだと。遠く離れたこの地からでも、守ることは可能なのだと。同室の者も何名か儚くなりました。
それでも、きちんと約束は守り続けます。狭衣さん、いつか、あなたが我慢できなくなった時がきたら僕の書斎の文机を探ってみてください。
一番下の引出しに、原稿が入っています。戦争が始まってから、ずっと書き続けていたものです。
それは仕事ではありません。
僕が出征する前に、仕事の方は全てやり終えていますから。もし読みたかったら、読んでもらって構いません。
稚拙ですが、それはあなたのための物語です。
来月、昇進する予定です。
それでは、身体に気をつけて下さい。
昭和十八年 四月十六日 雫槻』




