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「はい?」
幻聴が聞こえた。
なんだが、とても非現実的な事だった様な気がする
「正確には、ゲイルの婚約者として王城で紹介させて欲しいの」
失礼な聞き直しをしてしまったが、その応えももっと意味が分からない。
「なっ!?師匠!」
ゲイルが立ち上がり声を荒らげた。
「ゲイル、お座りなさい。
分かっていないわね。これは彼女の為でも有るのよ。」
「私の……為、ですか?」
「えぇ。ひとつ屋根の下に年頃の男女が何も無いとはいえ、長い間一緒に居るのは勘繰られてしまうものよ。
ゲイルは国の魔導士をしていた事も有るから顔が割れてしまっているの。
令嬢の皆様からの婚約希望者も少なくなったとはいえ、未だに尽きないのよ…
だからねっ、マリーちゃんをこの際婚約者にしちゃおうと思って♡」
カレンが最初に会った時に言った『泥棒猫』というのは本当だったようだ。
こんな話しが出ていたなら
そりゃあ、言われる。
今もカレンだけは奥歯を噛み締めたような顔をしていた。
「…それでは、マリーの気持ちを踏みにじっている。
失礼過ぎる…だからこんな色のドレスを着せたのか」
ゲイルは本気で怒っている様だった。
ビリビリと刺さる様な魔力が染み出している
他の3人は少し気圧されていたが、ファミーユ様だけは平然としていた。
ゲイルが『こんな色』のドレス、と言った事でようやく気付いたのだが
ゲイルの瞳と同じ色のドレスなのだ。
それは、親しい仲である事を示すものだと、私にも分かってしまった
「勿論、離れる際には白紙に戻す事も可能よ。陛下に口頭で申し上げて、少し噂を回すだけよ。
口約束しかしないわ。このまま上手く行けば婚約する予定です、とでも言えば良いだけ。
落ち人、というだけで国に目を付けられているわ。
しかも特級の光属性…
光属性というだけで人口は少ない。
何としてでも囲おうとしてくる可能性があるの。
今まで通り、マリーちゃんがマリーちゃんらしく生きていく為にはこの方法が1番良い事なのよ」
「師匠…」
そこまで考えていなかった。
異世界で仕事をして、推しを眺めて楽しく暮らし、生きていけると思っていた。
落ち人の自由を認めている為に、王国も今この不安定な時期に囲い込もうとしているのだ。
ゲイルもそこまでは考えていなかったのだろう。
怒りは消え、困惑している
「すまない…マリー。俺が浅はかだった…」
「ゲイルは悪く無いよ。ありがとう」
「ゲイル、マリー嬢。
悪い様にはしない、我が侯爵家で全力で貴女を…貴女の自由を守る。その為の仮初の婚約だと思って欲しい。」
「私にとって、とても良いお話だと思います…。
だからこそどうしてそこまで言って頂けるのか、私には分からないのです」
そう、分からない。
カレン以外の皆様とはこれが初対面。
エルフィング様が【守る】と言ってくれたが、そういう存在で有るのはおかしいのだ。
正直に話すと、ファミーユ様がニコリと微笑んだ。
「私達はね、ゲイルが大好きなの」
そう言うファミーユ様は、母の顔をしていた。